第11話 林間学校&写生大会
屋敷の厨房。
「ねぇ、龍一。
明日のお弁当なんだけど、なにか入れて欲しいモノとかある?
リクエストがあるなら聞くけど」
「そうだな、エビフライかな」
「他にはないかしら?
気兼ねなく、食べたいモノがあるならいいなさい。
作ってあげるから」
「鶏の唐揚げかな」
「龍一もやっぱり男の子なんだね」
その後も根掘り葉掘り聞かれ。
味見にまで付き合わされ、午前2時を過ぎたところでやっと解放された。
「ふぁ~~、眠いな~~~」
午前5時30分。
心地よい風が頬を撫でる
辺りには、秋の気配が漂っていた。
ついこの前までベッタリと湿気を纏っていた空気がカラッとしてきたのを、肌で感じるな。
学校に到着すると、もう殆どの生徒が登校していた。
校庭には大型バスが4台駐車していて、みんな周囲でワイワイしているな。
クラスごとにバスへ乗車していく。
これから向かう山で散策して、スケッチするという一泊二日のイベントだ。
そして目的地につくまで、お菓子を食べたり、睡眠をとったり、景色を眺めたりと思い思いの時間を過ごした。
定番のポーカーや大富豪といったトランプを使ったゲームも大人気だったな。
数時間ほどバスに揺られて、山のふもとの駐車場に到着し、バスから降りて周りを見渡しても国道と山しかなかった。
頂上付近には、コテージがあるみたいだが、そこまで歩くしかないみたいだな。
ロープウェイが見当たらないぞ。
「ねぇ神村君。なんか? ピクニックみたいでワクワクしますね。
それから空気も澄みきっていて美味しい気がします」
大きく息を込むと、街中とは表情の違う風の匂いと大自然の味が胸のなかで混じり合う。
贅沢で濃厚なこの感覚は、街中では決して味わえないな。
「ああ、確かに!? 身体から毒素が抜けていく気がする」
「昼間の森がこれだけキレイなら、夜の森もさぞかし神秘的なんでしょうね。
早く見てみたいものですわ」
学校指定のジャージー姿の斎藤さんが話しかけてきた。
「もしかして斎藤さんって、山歩きとか好きなの」
前髪を白いヘアピンで留め、くせ毛のない整った清純派の黒髪が風で靡き、柔らかな笑みを浮かべて。
「はい。大好きです。
と言っても実際に登りのは、これが初めてなんですけどね。
ところで姫川さんとは、ご一緒じゃないですね」
俺はおもむろにバスの屋根の上を指さした。
ジャージの上からでもわかる巨大な膨らみ、鮮やかな金色の髪。
気品と自信とに溢れて整った顔立ち。
高嶺の花という印象を持ったせる品性と魅力に溢れ、その場にいるだけで、周りの人間の目を引き寄せる雰囲気を醸し出していた。
明るくてサバサバした性格の理沙は、男女ともに人気がある。
人目を引きつけてやまない圧倒的なカリスマを放っていた。
「もうスケッチを始めているんですね。
まったく姫川さんらしいですね。
自由なところが」
あの姿を見て、驚かないのだから斎藤さんもマイペースな人だ。
俺の周りには変人・鬼人しかいないみたいだな
キャラ弁というヤツだろう。
超絶大人気のピカなんかチューが描かれていた。
あと、リクエストしたエビフライと鶏の唐揚げもちゃんと入っていた。
「そういう斎藤さんのお弁当もすごく色鮮やかで、凝っているように見えるけど。
もしかして……」
「いえ、これはお母さんが早起きして作ってくれたものです」
斎藤さんのお弁当は白いご飯に一口サイズハンバーグ、卵焼き、小松菜のおひたし、焼き鮭など栄養バランスを考えながら作られていることがよくわかった。
ランチを済ませた後。
先生から説明を受け。
友達同士で塊を作り。
心が動く場所を求めて、大勢の人が山に入っていた。
そんななか、微動だにしていないヒトもいた。
絵筆を片手に黙々と作業をしていた。
まさに機械のように表情一つ変えず、瞬きすらせずに淡々と絵筆を動かし続けていた。
思わず気になって覗き込んでしまう。
イーゼルに立てかけられた大きなカンバス。
そこに描かれているのは、旅行のパンフレットなどに描かれている『秋の山』だった。
それを描いていたのは、真紅の髪にベレー帽を被った『ザ・画家』という風貌の少女だった。
声をかけようか、どうしようかと、思案していると
「きゃあっ!? スズメバチ」
斎藤さんの悲鳴が駐輪場に響き渡り。
異常気象の影響で、エサが不足したスズメバチがおりてきた……なんか? 人影が見えるぞ。
「すまん。助けてくれ。スズメバチの大群に追われているのじゃ」
無数の彫刻刀を投げ、スズメバチたちを
物凄いスピードでこっちに向かって来ているぞ。
「なんで、そんなことになった?」
「真の芸術を描くために、リアルティーを求めて……新鮮なハチミツを味わってみたかったのじゃ。
くっ、数が多い。
某の心眼を持ってしても……すべてを見通すことはできない」
心眼とは、ありとあらゆるモノをみとおす心の目のことだ。
「これだから天才わぁ……ああ、もうしょうがないな。伏せろ」
俺の従って愛理沙と斎藤さんは屈み、間髪入れずに自前の小型リュックから殺虫剤を取り出し、スズメバチを撃退した。
「芸術の探究には、トラブルはつきものじゃ」
「おい、待ってえええっ……はぁ~~~」
言うだけ言って愛理沙は、森の中へと消えてしまった。
本当に集団行動のできないヤツだな。
それからベレー帽を被った少女の姿はどこにもなかった。
「ところで斎藤さんの方は大丈夫か、どこも刺されていない。
発熱や腫れ、痺れている感じとか……それから……」
「心配してくれてありがとう。
虫よけ対策は万全だったおかげで、どこも刺されていないわ。
あとで姫川さんにもお礼を言っておかないとね」
「そうだな。この殺虫剤も理沙の助言がなかったら買ってなかっただろうしな」
「じゃあ、アタシはもう行くね。
山の頂上から見える景観を描くつもりだから。
それに友達を待たせてるしね。
姫川さんのことよろしくね、彼氏さん」
スズメバチ騒動があったにもかかわらず、理沙は微動だにせずバスの屋根の上で黙々とデッサンをしていた。
相変わらず凄まじい集中力だな。
やっぱり俺の心が動くものといえば、これしかないよな。
俺は秋の山をバックに『理沙の姿』を描くことにした。
最初に輪郭などのアタリをつける。
腕を前に伸ばし握った鉛筆を定規のようにして顔のパーツ、その比率を合わせていく。
++++++++++++++++++++++++
「で、できたぁ!?」
絵が完成するまでその場を動くことはなく。
俺たちは昼食もろくにとらずに、筆を動かし続け。
もうすっかり日が暮れていた。
「俺の方も描き上がったぜ」
まあ、お世辞にも上手いとは言えないな。
わかっていたことだけど、俺にはやっぱり『絵心』というものがない気がする。
どうしても淡白な絵になってしまう。
これなら写真と変わらないよな……とほほっ。
「夜の山は危険が多いからヘリを呼ぶわね」
「へ、ヘリで頂上を目指すのか?」
「ええ、そうよぉ」
姫川 理沙はという女性は、超がつくほどのお嬢さまだったということをすっかり忘れていた。
それからほどなくしてヘリが来た。
そこまでは良かった。
いつの間にか、理沙は降下服に着替えていた。
降下服とは、スカイレンジャーや軍隊の航空作戦などで使用される『つなぎ』と呼ばれる作業着に似た形をしている服のことだ。
まさか着地方法が、スカイダイビングだとは聞いていなかった。
素人がいきなりパラシュートなんて使えるわけないだろう。
無理、無理無理無理、死ぬ。絶対に死んじゃうよぉ。
だって……さっきから指の震えが全然……止まらないもん。
「大丈夫だって、龍一の身体はめっちゃくっちゃ頑丈にできてるんだから、パラシュートが無くても死なないよ。
安心して荷物は全部。
私が預かっておいてあげるからねぇ」
「えっ。それは……どういう意味かな」
「ごめん、このヘリ。
パラシュート1つしか?
搭載していないみたいなの。
てへ♥」
「いますぐに引き返せ『駐輪場』に、俺は……まだ死にたくない」
「そんなの無理に決まってるじゃない。
だってぇ……もう着いちゃったもん。
覚悟を決めなさい。
男でしょ」
ドアが開き。
背中を思いっきり蹴られ……空へと投げらされた。
「ぎゃぁああ!? あっ、ああああああああああああああああああ」
高度3,000mからの落下。
ああ、これ……間違いなく死んだな。
どう考えても助からないな。
マジ、詰んだな。
異能が覚醒でもしない限り、地面に叩きられ『肉塊』になる未来しか想像できなかった。
その瞬間は、刻々と近づいてきていた。
何か? 使えそうなものは……ない……よな……身ぐるみ剥がされちゃったもんな。
危機一髪ところで、理沙が助けに来てくれるの可能性もゼロ。
そんな優しくなど欠片も持っていないからな。
自力でなんとかするしかないよな。
「今、助けてあげるから」
井上さんの声が聞こえてきたと思った瞬間。
黒い影が木々の間から飛び出し。
物凄いスピードで迫ってくる。
その手には伸縮性の高いゴムネットが握られていた。
「え、えええっ!? ええええええええええええ」
罠にかかった野鳥の気分を味わうことになった。
やっぱり俺の周りには、変人・奇人しかいないみたいだな。
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