第9話 姫川黎剣の目的は……。
屋敷の食堂。
夕食の準備の手伝いをしながらメイド服姿の真愛美ちゃんに話しかける。
「また理沙とケンカしたんだって。
今回もしょうもないことで口論になったんだろう。
大切にとっておいたプリンを勝手に食べられたとか……」
「うるさいわね。
そんなことアンタに話す必要はないでしょう。
おせっかいもほどほどにしておいたほうがいいわよ。
じゃないと、愛想をつかされちゃうわよ」
それが普段よりも、冷ややかだったので、俺は気になって聞き返した。
「それはもしかして? 実体験に基づいた話か」
「ええ、そうよ。
妾とお姉サマって全然似てないと思わない。姉妹なのに」
「前置きはいいから、簡潔に分かりやすく話してくれないか」
「いちいちとうるさいわね。
黙って聞きなさいよ。
え~と、どこまで話したけ……まあいいわ。
お姉さまのあのずば抜けた身体能力……アレは幼い頃の放浪の旅で身に着けたものなのよ」
「それって、アレか? 武者修行ってヤツか」
「それとはちょっと違うと思うんだけどね。
お姉サマの場合は、ただの家出だもん」
「えっ!? でも……いきなり跡取りが失踪したら……」
「言いたいことはわかるわ。
だから、妾が養子として迎えられたのよ。
お姉サマが見つからなかった時の保険としてね」
「真理亜って、養子だったんだ。
どうりで庶民的な考え方だと思ってたんだよね。
口は汚いし、粗野だし、ケチだし」
「いちいち
確かに妾は姫川財団の血筋の者ではないけれど、特殊な力を行使することならできるわ」
あくまでもこれは俺の個人的な見解だが、真愛美ちゃんの能力は『共感』だ。
ここ数日、真愛美ちゃんと一緒に生活してみて、彼女は非常に感受性が豊かなことがわかった。
漫画や映画、ドラマなどにすごく感情移入するし、動物たちと会話をしているところも目撃したことがある。
あと、真愛美ちゃんを嫌っているヒトに会ったことがない。
足音が聞こえてきた。
「ヤバイ!? もうお姉サマが来たみたい。
とにかく、おせっかいもほどほどにしておきなさい」
「うぎゃああっ」
右足のスネを思いっきり蹴られた。
そして理沙が食堂に入ってくる。
「どうして龍一はうずくまっているの?」
「パパ、大丈夫?」
「さあ、机の角にでも足をぶつけたんじゃないの?
そんなことよりも、ほら見て!?
お姉サマの好きな『和食』を作ってみたの。
さあ食べ食べて……」
真愛美ちゃんにうながされて、席に着く理沙とレイ。
テーブルの上に並べられた色とりどりの手料理?
手巻き寿司って、手料理なのかな?
また蹴られそうなので、余計なことは言わないでおこう。
理沙もめっちゃくっちゃ喜んでいるみたいだしな。
俺、理沙、レイ、真愛美ちゃんの計4人で、手巻き寿司パーティーを楽しんだ。
++++++++++++++++++++++
その日の夜。
事件は起きた。
「ああ、さっぱりした。
やっぱり広いお風呂はキモチいいな」
入浴を済ませて自室に戻ると、リボンでラッピングされた正方形の見るからに怪しげな木箱があった。
しかも中からゴソゴソと物音が聞こえてくる。
これは、アレか? アレなのか?
「箱の中から女の子が飛び出してくるというサプライズなのか」
思わず叫び声を上げてしまう。
そしてしばらく待ってみたものの。
いっこうに中からヒトが出てくる気配はなかった。
「も、もしかして? 中に入ったのはいいけど。
自力で出ることができなくなったパターンか。
もし、本当にそうだとしたら、中に入っているヤツは、完全にアホだな」
ドンドンと激しく叩きつける音が箱の中から聞こえてきた。
「わかった、わかったから。
今、出してやるからな」
リボンを解き、木箱のフタを開ける。
「……し、死ぬかと思ったわぁ……」
黒のセクシーなパジャマを着た真愛美ちゃんが勢いよく飛び出してきた。
そしていきなり身に着けている衣服を脱ぎ出す。
「おい、ちょっと待って!?
俺にはもう心に決めたヒトがいるんだ。
真愛美ちゃんのキモチは嬉しいけど……」
「ば、ばっかじゃないの?
何、勘違いしてるのよ」
これまたセクシーな下着姿になった真愛美ちゃんの怒声が飛んできた。
「えっ?
だ、だって……」
「あの木箱の中、蒸し暑かったのよね。
マジで死ぬかと思った……ケホケホ……ヤバ……喉が……水、頂戴……お願い……喉乾いて……ハァハァ……」
耳まで真っ赤に染め、大量の汗を掻いる。
顔色も悪いように見えた。
ベッドの横に置いていたミネラールウォーターのキャップを外し、コップの中に水を注ぎ。
真愛美ちゃんに渡す。
「一気に飲むのは、カラダに悪いから。
落ちて、ゆっくりと飲んでね」
「ありがとうね、クロネコ」
落ち着いた頃を見計らって聞いてみる。
「こんな無謀とも言えるサプライズを考えたのが誰だい。
真愛美ちゃんではないよね?」
「当たりまえじゃない。
犯人は『黎』よ。
あの女は……どういうわけか?
誰にも話したことがない……妾の秘密を知っていたわ。
さらにこれから起こることも、ズバリ言い当てたのよ。
逆らえるわけないじゃない」
「それは災難だったな」
「まったくよ。
あんたが屋敷に来てから、お姉サマと一緒に過ごせる時間はめっきり減り。
些細なことでお姉サマとケンカしてしまい。
しまいには『お姉サマの可憐なドレス姿がプリントアウトされた抱き枕』を使っていることまでバレちゃったのよ」
聞いてもいないことまで、大声で叫ぶとか。
危機意識が足りないんじゃないのか?
「ねぇ、ちゃんと聞いてるの!?」
「もちろんだよ」
「なら、いいけどさあ……ヒク……どう……責任を……とる……つもり~~~なのよぉ……ねえねえねえねえねえねえねえねえねえ」
熱い吐息が胸にかかり、甘い体臭に混じって汗ばんだ香りが伝わってきた。
「もしかして、酔っ払ってない」
どう考えても真愛美ちゃんの様子がおかしいので訊ねてみる。
「そんなことないわよ。
妾は全然……酔ってなんていないわよ。
いいから、早く黒タイツを穿きなさいよ。
そしたら、許してあげるからさ」
真愛美ちゃんは、俺のズボンを脱がしにかかってきた。
「わかった、わかった」
ああ、これは……完全に酔っているヒトの典型的なパターンだ。
ここは、おとなしく言うことを聞いた方が良さそうだな。
俺はズボンと靴下を脱ぎ、爪先をタイツの中に滑り込ませる。
そして靴下を履く要領で、黒タイツを引っ張りあげる。
俺の生足が、肌触りのいいナイロン
「なに、チンタラやってるのよ」
水をグビグビと飲みながら真愛美ちゃんが絡んできた。
でも俺が渡したのは、酒じゃなくて水のはずなんだけどな。
これは、一体どういうことだ。
「マナマナは水を飲むことで、アルコールの回りが早くなる特異体質なんだよ」
いつの間にかベッドの上に座っていたレイが説明してくれた。
「その口ぶりだと、真愛美ちゃんにお酒を飲ませたのは……」
「うん。わたしぃだよ、パパ」
「なんでそんなことをしたんだ」
「ふふふ、それは秘密」
その言葉を最後に強い眠気に襲われ。
気が付くと朝になっていた。
結局のところレイの目的は、依然としてわからないままだった。
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