第4話
長身の男が用を足すのを確認しながら、眼鏡の男はタブレットを操作していた。
他の船とのやりとりはSNSで行われる。
テキスト検索によって足がつかない用心として、文字による会話は行わない。
半ば暗号化した画像ファイルでのやりとりだ。
と言っても、大したものではない。
”発艦準備完了!”
画面の中で、着物めいた服を着たアニメ調の美少女がポーズを取っていた。
旧日本海軍の軍艦を美少女化した画像。
都合の良いことに、今回の作戦に必要なキーワードは全て揃っている上、画像そのものはネット上に溢れかえっている
昨今では検索そのものを避けるよりも、膨大な類似物の中に紛れ込ませてしまう方が効果的だ。日本人以外のメンバーが多いこの集団にとって、絵で大体の意味を判断できるところもありがたかった。
別の船から画像が送られる。
眼鏡の男の眉根が寄った。
「トラブルか?」
長身の男が声をかける。
「KGがドローンの組み立てに失敗したようだ」
男のタブレットには、生産失敗を示す絵が映し出されていた。
速やかに送信すべき画像を選ぶ。
”港に帰還せよ”
今回の計画は四艘の釣り船によって行われている。
それぞれに与えられた符丁はAG、KG、HR,SR。
長身の男は心の中だけでくすりと笑う。
旧日本海軍顔負けの安直なネーミングだよな。
とは言え、これはこれで悪くないのかも知れない。
ここにいるのは長年の訓練を共に積んだチームでは無いのだから。
妙に凝ったことをすれば混乱する可能性が高まる。
単純さも一つの正解だ。
眼鏡の男が立ち上がった。
残る二チームが組み立てに成功したらしい。
「作業完了だ」
これでドローンは三機。
「移動する」
「了解だ」
長身の男は碇を引き上げ、操舵席に着いた。
船は沖合に向かい、速度を上げていった。
海岸が視界から消え、周辺に船が見えなくなったところで一度エンジンを絞る。
他の二艘から予定の位置についたとの連絡が届いた。
眼鏡の男はタブレットを操作し、準備完了を報告する。
間を置かず、オークションサイトに予定の品物が出品された。
眼鏡の男は不愉快げに舌打ちした。
「やはり納得できない」
コツコツと画面の端を叩く。
「まったく、歴史に疎い奴はこれだ」
今更その話を蒸し返すのかよ。
長身の男は半ば呆れ、半ば関心した。
攻撃開始を意味する品物は、古い映画のDVDだった。
「まあそう言うなよ。ぴったりな品物なんて他に無いだろう」
「こんなものを使うぐらいなら、まるで無関係な品物の方がマシだ。攻撃成功のコールと、攻撃開始のコールを一緒にするような真似はしたくない」
出品されたDVDのタイトルは「トラトラトラ」だった。
眼鏡の男は以前からずっと、その点に拘りを持ち続けていたのだ。
一種の同族嫌悪かな。長身の男は、ふとそんなことを考える。
最後のパーツ。円形の部品に電池を入れて機体の上部に張り付ける。
自転車盗難防止用のGPS。
ここから先はあまり時間をかけたくない。
船を風に向かって進路を固定した。
前方に他の船は見えない。
長身の男はドローンの機首にある金具にフックをかけた。
こわごわと機体の下に手を入れる。
「持ち上げるとき、間違ってパイプ部分を掴むなよ。自重で折れかねない」
慎重に場所を確認し、ゆっくりと下から機体を持ち上げる。
エンジン、燃料、農薬の入ったタンク。
ずしりと重い。とは言え、イメージほどではない。
三十キロは確実に切っている。
鍛えた人間ならば、持ち上げることはそう難しくないだろう。
しかし、頭上に二キロの農薬があるってのは気持ち良いもんじゃないな。
そう思いながら、腕に力を込める。
「よし、ここが重要だ。最初は水平に持って、船の速度が出たら少し角度を上向きにしてくれ。それで揚力が発生する」
「ドローンのエンジンは掛けないのか?」
「必要ない。そもそも、その状態でプロペラが回り出したら危険だ」
意外にも長身の男を気遣うような態度を見せる。
「ドローンが飛んだらワイヤーにも気をつけろよ。絡んだら大怪我だ」
長身の男は苦笑した。
「ご配慮、どうも」
「貴重な機体を失いたくないのさ。確実に、だ」
眼鏡の男が操舵席に着いた。
教えられた通りにエンジンの出力を慎重に上げていく。
それに応じ、顔にかかる風が強くなっていった。
角度を付けすぎても駄目なはずだ。
じわじわと調整していくと、少しドローンの重量が軽くなったような気がした。
もう少し角度を付けてみる。すると、手に掛かる重みがふっと消えた。
「おおっ?」
「上に向けて放り投げろ!」
その声に反応して力一杯に押し上げると、ドローンはケーブルに曳かれ、まるで凧のようにするすると高度を上げていった。
「はー、凄いな」
漁船はまだ最高速度に達していない。
このスピードで軽々と離陸できるとは。まさに複葉機の利点だった。
「操艦を代わってくれ!」
これは操船だろ。
心の中でそっと突っ込みを入れつつ、長身の男は操舵席に着いた。
眼鏡の男は既に舷側でドローンの様子を確認しつつ、タブレットを操作。
美少女三人の画が並んだ。”発艦準備良し!”
”第一次攻撃隊、発艦!”
見得を切ったポーズの絵を送信してから、眼鏡の男はロックを解除した。
ケーブルを繋いでいたフックが切り離され海上に落下していく。
間を置かずにエンジンがスタート。
ドローンのプロペラがゆっくりと回り始め、徐々に回転数が上がっていく。
眼鏡の男は回収の手間をかけるつもりは無かった。
ケーブルを繋いでいた台座ごと海に向かって投げる。
証拠隠滅のため、各種工具やケース、ブルーシートを次々に投棄。
「海を汚すのは関心しないな」
「オレだって好きじゃ無い。だが、こっちの事情が優先だ」
下らないやりとりをしつつ、長身の男は船の速度を緩めた。
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