引ったくりと奇妙な体
「「「ホントにすいませんでした!」」」
少年達は大きな声でそう言い、頭を下げてきた。
少し倒れ込みはしたが、ボールに当たった痛みよりも地面にぶつけた痛みの方がデカかった。むしろそっちが原因で長く倒れてた節がある。
「ホント大丈夫だから、気にしなくていいよ。それより暗くなる前に家に帰れよ、最近カツアゲと引ったくりが多いらしいからよ」
未だに怒られるかと不安そうにしている少年達に言うと、俺はゆっくりとした足取りで公園を後にした。
学校や親に通報されるのが怖かったのかもしれないが、別にそこまで不安がる事もない。
少なくとも俺は、偶然の事故と分かっていて、ちゃんと謝って来た相手にネチネチ言うほど陰湿ではない。
腕時計をチラリと見ると、すでに六時を過ぎようとしていた。空はまだ明るいので四時か五時の様な感覚だが、それだけ日が出る時間が長くなっているのだろう。
公園に続く道を抜けると、人通りが段々と疎らになっていく。道は暗くないが、曲がり角が多いので死角も多い。
そんな場所だからか、さっき少年達に注意したが引ったくりが多い。特に最近はここで引ったくりが頻発して、その犯人はまだ捕まってないらしい。
まさか俺がなんて事はないだろうが、危険は少なからずある。注意しなければならない。
肩に提げている鞄を少しクイッと持ち直すと、曲がり角などを警戒しながら家に向かって行く。
別の道があったら良いのだが、あの公園からだと、どうしてもこの道を通らないといけない。
なら公園に寄らずに帰れば他の道もあるのだが、ゴミを拾って一番近い場所にあるのがあの公園で、コンビニやスーパーなどが近くにないのだ。
目の前の曲がり角から来た女性とすれ違いながら俺は再びさっきの事を考える。
――やっぱり捨てた人の為にも、自分の為にもゴミは拾わない方が良いのかもしれない。だがもし持ち主が戻って来なかったら他の人が不快な思いをしてしまう。
考え直しても行着く場所が結局同じになってしまうので、もう誰かに相談しようか。そう思った時だった。
後ろから短い悲鳴と、誰かが倒れ込む大きな音が聞こえたのは。
すぐに振り返ると、先ほどすれ違った女性が道の端に突き飛ばされており、そして向こうには全身真っ黒の巨体が、走ってこの場から去ろうとしていた。
そしてその男の手には女性用のバックを握りしめていた。
マジかよ! いつの間にあんな男が現れたのか。いやそれよりもあの手に持ってる物は間違いなく倒れた女性から奪った物だ。
さっきの子ども達に注意した、そしてここ最近増えている引ったくり犯の正体は、今、目の前にいる黒ずくめの男で間違いない。
それが分かった時、すでに俺は来た道を折り返し、女性の元に走っていた。
「大丈夫ですか! どこか怪我とかは……」
声をかけると女性は、何が起こったのかまるで分からない様子で、ただ呆然と、走り去って行く男の方を見つめていた。
「いっ今……、何で、バックだけが……」
「バックどうしたのですか? ……ッ! もしかして何か大事な物が入っていたのですね」
ここで待っていて下さい、そう伝えると俺は路地に入ろうとしている男を捉えると、俺は再び走り出した。
追い付くかどうかは分からないが、とにかく追わないなければどうにもならない。
これでも一応、足には自信がある。学年でトップテンとまではいかないが、上位には食い込んでいる。
肩から提げた鞄を脇に抱え込み、何とか走りやしながら後ろ姿を追っていく。図体はデカイが、そんなに速くはない。
だが、ここの通りはとにかく入り組んでいる。もし見失えば確実に逃げられてしまう。
何度も相手が曲がる度に、どこへ向かうかをしっかりと凝視しながら後を追い続ける。
クソッ、予想以上に体力がある。それに距離も中々縮まらない。このままだと曲がり角どうこうの以前にこっちがバテてしまう。
しばらく追うとまた、男は角を曲がり、俺を振り切ろうとする。背後の俺を確認するために首を曲げる所を見ていないが、男は俺の顔を見たのだろうか?
逃げてるのだから追われているのには気付いているだろうが、一度も俺の方を確認してこない。逃げるのにそれだけ集中しているから振り返らないだけなのか?
そんな疑問がふと湧いたが、すぐに追うことへ意識を切り替える。
何度も、何度も逃げられ、差が縮まらずに逃げ切られてしまうかと思っていた。体力が限界近くに来るまで追跡したが、それもとうとう終わりを向かえた。
「そこのアンタ、随分と自信ありげに逃げてたが、あんまこの辺りについて詳しくなかったようだな」
男がまた曲がり角で距離を広げようとしたが、それは目の前にそびえ立つ壁によって阻まれた。
俺も途中からすでに知らない道へと出ていたから、もし見失えば一巻の終わりだったが、どうやら運は俺に味方してくれた。
結構長いことこの街に住んでるが、こんな廃ビルに挟まれた路地があったとは。
「さぁ、取り敢えずそのバックを返してもらっていいかな。当然だけど警察も呼ばせてもらうから」
未だにこっちを見ようとしない男。もう観念したとは思えないが、意地でも見たくないとでも言うのか?
「なぁ、ちょっとは振り向いたらどうだ。さすがに俺もアンタも体力は限界に近いだろ、変に取っ組み合い何かにするのは止してくれよ」
片手でスマホを取り出し、三桁の数字を打ち込もうとした時、ふと妙な事に気が付いた。
何というか……、ずっと男が黒い服を着てると思っていたが頭や手も、靴すらも真っ黒だ。
それも服と服との境目さえも分からない程に黒い、というよりも一体化している? どんな服だそれは、靴までも服の一部になっている。
気になりだすと、色々おかしいぞこの男。
墨汁をぶち撒けたような、全身黒の男はただ立ったままに動こうとしなかったが、少しピクリと動くと、手にしたバックを落とし、突如として、錆び付いたブリキの人形の様にガクガクと四肢を震わせ始めた。
何が起こったのか分からず、隙が出来た今こそ警察を呼ぶチャンスだと言うのに、ただ呆然と見ているだけしか俺は出来なかった。
やがてその動きも止まると、背中を丸め、腕をぶら下げた。そして、首が据わっていないかの様に、重力に従わせたまま地面を見ていた。
マズイ、何が起きているのか分からないが明らかにこれは危険だ。だがここで俺が逃げたら、あの人のバックが……!
自分が関わる選択肢だと急に優柔不断になってしまう。誰かの為なら考え無しで動けるのにと嫌気が差してる間に、チャンスは過ぎ去ってしまった。
男は首だけをグルリと回し、コチラを覗いてくる。顔はずっと振り向かなかったから分からなかった、だからこれが初めてヤツの顔を拝む事になる。
――はずだった。
一体俺は今何を見ているのか、こんな事が実際に起こっているのか。あり得ない、信じられない。だが確かに今起こっている事実なのは確かだ。
――ないんだ。男に、顔が全くないのだ。
体と同じ、墨汁の様な黒で塗り潰された顔で睨み、ヤツは俺に襲いかかってきた。
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