black night

麻桐京馬と悩みの種

 ――投げた空き缶は綺麗な弧を描き、ゴミ箱の真ん中へ吸い込まれる様に入り、カンカンと中で跳ねた。


 初夏の匂いが漂う公園には俺、麻桐京馬まきりきょうまと小学生が数人ボール遊びをしている以外誰もいなかった。

 日が出る時間も長くなってきたと感じながら、俺は思わずため息を吐いてしまった。


「本当……、何やってんだか」


 先ほど投げ入れたゴミ箱を見つめ、俺はまたため息を漏らした。


 何をそんなに悲観的になっているのか、気になる奴もいるだろう。何、別に大層な理由でもない。聞けば呆れ返るだけだ、きっと。


 それを分かった上で言うが、俺がため息を吐いた理由は事だ。


 どうだ、呆れただろ。何を思い悩むのだと間違いなく思っただろ。

 空き缶、つまりは道に落ちていたゴミを拾ってそれを捨てたということだ。何か悪い事をした訳ではないと自覚はしている。むしろ社会貢献したと少しは思える。


 ならなぜ悩むのか、少し長いが俺の意見を言おう。


 まず俺は、ゴミが落ちてれば拾うし、自転車が倒れていたら自分が倒してなくとも起こす。クラスの係決めでは率先して誰もやらない仕事に手を挙げた。


 これを良いことだと思うか? 俺は今までは良いことだと思っていた。


 ――しかし、本当にそうだろうか?


 落ちたゴミは、そもそもそこに捨てた奴が拾わないといけないのではないか? 自転車も、風で倒れた以外なら、倒した本人が直すべきでは? 係決めも、本来するべき人がしなければならない必要があるのでは?


 ここでまた聞こう。本当に俺は正しい事をしていたのだろうか。


 実は俺、やるべき人の仕事を奪っているだけなのではないのだろうか。


 人は少なくとも一つは必ずやるべき仕事がある。その仕事は、必ずその人がやらなければならない。


 それを俺が勝手にやって、それを良いことをやったと勘違いして良い気分に浸っているだけなんじゃないのか。

 だとしたら俺は善人でもなんでもない、やってる事に自惚うぬぼれた、ただただ嫌な奴なだけではないじゃないか!


 頭の中での演説に熱が入りかけ、更にヒートアップしそうになっている所にボールが転がってきた。 

 それが足にぶつかった事で意識は足元の方へ向き、熱くなった頭を急速に冷やしてくれた。


「すいませーん、そこのボール取って貰っても良いですかー?」


 この公園に居た小学生たちが俺に向かって手を振りながらサッカーボールに目を向けていた。

 あぁそっか、そう言えばボール蹴って遊んでたなあの子達。


 俺はベンチから立ち上がり、ボールを軽く蹴り返す。

 それは何度が跳ねた後少し転がり、ちょうど少年達の足元近くで止まった。


「ありがとうございまーす」

「おう、あんま遠くに蹴り過ぎない様気を付けろよ」


 少年達は少し間延びしたお礼を言うとそのまますぐに遊びを再開した。ちゃんと俺が後に言った言葉は聞こえていたのだろうか。


 遊び始めた少年達の姿を見ると、俺はまたベンチにゆっくりと腰をかけた。

 意識が逸れたお陰でさっきよりは冷静に物事を考えられる様になっている……はず。


 また頭で考えるはさっきの事。無我夢中になるあまり、まるで誰かに演説する様な語り口になってしまっていた。

 もしかたら実際に、誰か俺の考えを聞いて欲しいあまりに、つい思わずやってしまったのだろうか。


 誰かに聞いてもらう。一見すればとても良い考えかもしれないが、果たして今の俺の心情を聞いて、自慢しているだとか、嫌味を言ってると思わない人がいるだろうか?


 簡略すると、俺は『良い事をするのが、良い事なのか』と聞きたい訳だが、それを聞けば、自分は好い人ですよアピールしてると勘違いされるだろう。


 ままならない、全くとして儘ならない。これじゃあ自力で解くしか方法はやはり無いのか。


 結局が出たせいで、俺はまたため息を吐いてしまった。別に出したくてしている訳ではない。

 ただ出さなくては自分の感情の捌け口が存在しないからやってしまっているのだ。


 それに人気取りの為にやってい無いなどとは最初から分かっている。なのに、もしかしたらが思い付いたせいで、深層心理ではどうかと疑ってしまう。


 一度浮かんだ疑問は必ず解決しなくちゃならない。じゃないと他の事も、何も分からなくなってしまう。


 だからこそ今は考える、時間の許す限り考え続ける。


 この時、ここの公園に来て一番集中力が高まってきた。周りの音は徐々に小さくなっていき、少年達が遊んでいる声も薄くなってきた。


 これならばいける、答えの近くまでいける気が、



「――ぶない!」


 高まりきった集中を掻き分けて、何かが一瞬耳に入ってきた。誰かがこっちに何か言っている。


「えっ、何? って、デュグハ!」


 声のした方向に首を曲げようとしている途中に、黒と白のコントラストがきいた何かが飛んでくるのに気付いた。


 が、時すでに遅く、そのモノクロは頬を強烈に殴り俺を吹き飛ばした。何かよく分からない声も出てしまった。


「すっ、すいません! 大丈夫ですか!」


 先ほどの少年が焦りながらこっちに駆け寄ってくる。それに続き、他の少年達も一緒に付いてきていた。

 なるほど、ボールが俺の方まで飛んで来たのか。……遠くに飛ばし過ぎるなよと言ったのだがな。


「フフ、中々鋭い球だったぞ。きっとプロに、なれるんじゃないか……な」

「「「お兄さーーん!」」」


 少し無理してを首を上げたが限界はすぐにきた。ガクリと地面に頭が叩きつけられ余計に痛かった。




 ――取り敢えず悩みの原因は分からなかったが、公園で周りが見えなくなる程考え込んではいけない事が分かった。

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