第31話 儀同
隠れ座頭は目を見張った。
自分の刀が覚を突き刺す直前までは、彼がこの一撃をかわすつもりはないのだと思っていた。同じ欲望を持つ者として確信していた。
それが、なぜだ。
隠れ座頭の刀は覚の心臓の下、腹部を鍔の近くまで貫いていた。覚の左手が腹部と鍔の間の刃を握りしめている。指の間からは赤い血がとめどなく溢れていた。
間違いないという予想が外れたからだろう。隠れ座頭の動きが一瞬鈍ったのを見逃さず、覚はシャベルを先端近くの柄を持つように握りなおした。
刀を引き抜こうとする。が、びくとも動かない。
覚は渾身の力を込めてその手をフックの要領で振り抜く。覚の腕と共に振るわれたシャベルの切っ先は、隠れ座頭の首を横からえぐり突き刺さった。
刀の柄を持つ手が緩くなる。隠れ座頭は目を見開いたまま、緑色の血を首から吹き出し、ゆっくりとシャベルと共に地に倒れた。
覚は止めていた息を吐きだし、肩で荒々しく呼吸する。腹に刺さった刀を一息に抜き出すと、血が岩肌から漏れる湧き水のように噴き出た。しかし覚は慌てることなく裾から、かつて冷泉が元々着ていた着物から作った包帯の余りを取り出し、折り畳んだ包帯を傷口に当てた上からさらに別の包帯を巻きつけて処置する。
隠れ座頭はあふれる血の水溜まりに沈んでいた。首を深くまで傷つけられたせいか、口からは言葉や呼吸の代わりに緑色の体液とあぶくしか出すことができていなかった。
しかし覚は、言葉では出せない隠れ座頭の考えを読めたのだろう。傷の手当てが終わると、隠れ座頭のすぐそばに落ちていたシャベルを拾い上げて口を開いた。
「俺が最後まで本能に従っていたら、お前が考えていた通りになっただろうな」
覚の脳裏に、振り返る冷泉が投げかけた言葉がこだまする。
――私の唄、儀同さんに聞いてほしいです!
この声が、覚の手を動かし、致命傷を回避したのだ。
「……これが夢ってものか」
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