第30話 覚

 それはまるで獣と獣の衝突だった。

 力任せに振るわれるシャベル。

 隠れ座頭は正面からそれを受けることはせずに半身でかわす。

 日本刀の刃が光のように覚の喉元へ襲い掛かる。

 それを身体をのけ反らせて回避する。鉄でできた殺意が頬を掠めた。

 数歩後ろへ下がる覚。シャベルの刃は隠れ座頭の首元に定めたまま。頬を伝う一筋の血には気を留めない。

 覚も隠れ座頭も持っている獲物が振り回すものだったため、ここまで戦いは肌が触れ合う距離で刃を合わせ、不利な体勢になった側が後ろに下がって距離を取る。そしてまた刃を打ち合う……この繰り返しだった。

 覚は息を止めていた口を開き、長い深呼吸を一つ入れる。

 あまり長引かせるのはよくないな、と覚の無意識がそう叫ぶ。それには覚の意識も同意だった。

 なにせ自分の武器はシャベルだ。ここまで何とか競り合ってはいるが、いつこのシャベルが使い物にならなくなるかわからない。切る、刺す、叩く、掘る、綺麗にすればフライパンの代わりにもなる。それらの利便性を重視してこんなものを持って旅したことをここにきて後悔した。

 息を肺に溜める。この酸素が最後のエネルギーだと思い込む。

 同じく息を整えていた隠れ座頭が地を蹴る。

 一歩ほど遅れて覚も駆け出す。

 ……ここで終わってもいい。覚の本能がそう呟く。

 その言葉に呼応するかのように、隠れ座頭が身体ごとぶつかるような突きを覚の心臓へ放つ。

 終わろう。

 本能は、避けることを選ばなかった。

 覚は、太陽が飛び込んできたような熱さが身体を貫いたのを感じた。

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