第28話 冷泉
泣いていません!決して泣いていませんからね!
「うるせえ!わかったって言ってるだろ」
冷泉と儀同、もとい覚の二人は再びセンソウ寺に向かって橋を渡っていた。
辺りは鮮やかな夕暮れ。もう夜の闇が後ろから追ってくる足音が聞こえてくるようだった。辺りが背の高いビル群であるせいか、夕日が遮られて暗闇が訪れている場所が多く感じられる。
そしてその暗闇に潜んでいたように、橋を渡り終えたときから妖怪たちの姿が目の端を蠢いているのであった。
覚は片手で持っていたシャベルを両手持ちにフォームチェンジする。にー、しー、ろー……そこまで数えて、冷泉はカウントを放棄した。
……狙いは私ですよね。やだー私モテモテ―。
「そうだな。風呂入ってないからな。臭いんだろ」
冷泉は覚のスネに蹴りを入れるが、あっさりかわされる。
すると、覚は何かに気付いたように紫色の空を見上げる。
「本当にモテるな、お前」
ニイと嬉しそうに小さな笑みを浮かべたのであった。一方、覚の言っている意味が分からない冷泉は、自分の真上に大きな影が現れていることに気が付いていなかった。
刹那、冷泉と覚、湧いてきた妖怪、その間に立ちふさがるように大きな岩が落ちてきた。橋の根元をえぐりとらんとばかりの勢いで落ちてきて、地鳴りと土ぼこりが舞い上がる。
大きな岩、というのは冷泉の錯覚である。その見間違いは大きな岩のように見えた何かが喋りだしたことによって、冷泉はそれが何者かということがわかったのであった。なぜなら、野太い笑い声が聞こえてきたからだ。
「筋肉を鍛えるのは我が欲のため。筋肉を見せるのも我が欲のため。であるならば、筋肉で我が友の道を切り開くのも我が欲でしょう!いざ刮目せよ!」
多分、彼の中では「ババーン!」みたいな効果音が流れているのだろう。しかし、実際その場では覚の「俺は我が友じゃねえ」の一言だけがかけられた。
言うまでもなく、目の前にいるのは天狗だった。暑苦しさとやかましさを足して二倍したような声と姿を見間違えるはずはなかった。
その時、冷泉は覚がスケッチブックに書いたメッセージが天狗を呼ぶものだと気付いた。道理で、あの後探してふんじばったカラスに手紙を括り付けて飛ばしたのか、と思い返す。
『どうして来てくれたんですか?』
「おお……冷泉殿も吾輩の見得をスルーですかな。まとめるのに結構時間かかったのですが、吾輩ちょっとショック」
すみません。驚きのほうが大きかったもので。
「まあそれは置いときましょうかな。事情は覚殿の手紙で大体は知っておりますぞ。こ奴らの露払いは吾輩たちが」
『でも、天狗さんだけでは』
「そこは心配無用の承知の助ですな」
天狗のセリフと共に、冷泉たちの周りに大きな岩が、もちろん冷泉の見間違いであるが、四、五個ほど天狗と同じように次々と墜落してきた。
「吾輩たちが愛する筋肉を育むことができるのも、人間が文化を研鑽してきたおかげですからな。もう恩を返せないと思っていた人間の力になれる、と声をかければ筋肉仲間が集うのも自明の理」
次々と立ち上がる、西洋彫刻のような筋肉の塊。彼らがそれぞれ何の妖怪かはわからないが、今この場では最高の頼もしさを持つ妖怪たちだった。冷泉の一番は、覚であったが。
「それに吾輩、冷泉殿の旅の目的に興味がないとは言いましたが、力にもならないとは言っておりませぬからな」
まさにビルダーの快活な笑顔、という表情を冷泉に見せる天狗。
「さあ早く行ってくだされ。諦めきれない夢があるのでしょう」
……はい!
「行くぞ」
覚は冷泉の手を掴んだ。冷泉も握り返す。二人は立ち塞がる妖怪たちをシャベルで薙ぎ払ってできた道を突き進んでいった。追いかけてくる妖怪は、天狗を始めとする筋肉自慢の妖怪たちが押さえ込んでくれた。
あとでそれぞれの妖怪に挨拶回りをしなければ、と冷泉は走りながら考えていた。
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