第24話 後・廃棄楽園 東京

「……なあお前、本当に道案内しているのか?ただ喋りたいだけ、じゃあないだろうな」

「そこはご心配なく。ほら、対岸に見えるのがアサクサの地域。んで、この橋を渡って真っ直ぐ行けばセンソウ寺だよ」

 丁度路地から川岸に出た怪狸は対岸を指差した。対岸にもビル群が広がっているのだが、おそらくあのビルの壁の向こうにセンソウ寺があるのだろう。怪狸と出会ったところから、目の前に広がってた街並みを突っ切るように進んでいたのだが、まさか一時間もしない内に目的地の対岸にたどり着くとは冷泉も覚も思わなかった。この五十メートルほどの幅の川にかかる橋を渡れば、いよいよ災霊との対面を果たすのだろうか。

 怪狸の騒がしさで多少は緩和されていた冷泉の体の震えも、センソウ寺が目と鼻の先にまで迫ったことによって一層激しくなってくる。これ以上近付いたら一体どうなってしまうのか。しかし、冷泉はここで踵を返すわけにはいかない。

「あのう、それで冷泉さん……少しでもいいのでお話の時間なんかを、なーんて」

 うーん、まあここまで案内してもらった恩もあると言えばあるのですが……。

 冷泉は覚の方を見る。

「話すなら早くしろ。まあそいつがお前を食おうなんて様子もないからな」

「まっさかぁ。覚さんを出し抜けるはずもないって」

 ……それなら、少しだけ話してみましょうか。


 突如設けられた怪狸との対談、それは川岸のベンチで行われた。

 一見するとデートの一場面のような光景では、怪狸が質問して冷泉がスケッチブックやジェスチャーで答えたりするだけであった。しかし冷泉は人間がまだこの星にいたときの生活をしていたというわけではないので、特に怪狸の知識欲を満たしたとは言い難いようであった。

「電気があればこの携帯電話も動くんですかね!?」

『たぶん』

「ポストという箱に入る大きさのものであれば、何でも望んだところに転移して現れるという話は!?」

『何でもは無理だと思います』

「これ、ウバメドリって妖怪の焼き鳥だけど、食べる?」

『遠慮しておきます』

「……人間は焼き鳥が好きと聞いたことがあるんだけどなあ」

 そのようなやり取りをもう何度も繰り返した。冷泉の人類についての知識は書物から得ているものであり、そのくらいの情報であれば怪狸も同じく書物を通して知っていると言っていた。持っている知識の答え合わせだったな、とやり取りを振り返った冷泉だった。

「うーん、とりあえず聞きたいことは聞けたかな。すっきりしたあ!」

 十数分ものの間で、質問の弾丸を撃ち尽くしたであろう怪狸は、餅のように思い切り身体を伸ばした。やり取り自体には非常に満足しているようであった。

 冷泉もその様子にほっとした。念のため、この話には興味がなさそうな覚にも、自分たちが見えるところにはいてもらうようにしていたが、杞憂であったようだ。

 ふと、冷泉は思い浮かんだことを怪狸にぶつけてみる。

『カイリさんの本能って人間について知ることなのですか』

「え?……あー、妖怪の本能についての話だね。イエスイエス、マジイエス。そうじゃないとこんなことしないよ」

 怪狸はクツクツと軽い笑い声を上げる。

「でも他の妖怪には理解されないんだよねー。ま、当然だけど。妖怪からすれば人間は食べるか売るか、むかーしからかっていた相手ってだけか、そんな存在だからね。私みたいなのは本当にごく少数だよ」

『本能に従って生きるのって、大変じゃないですか』

 本当に不躾なことを聞いているのはわかっていた。怪狸は塩一粒ほども意識している様子もなかったが。

「そりゃあ大変。大変だけど、満たされるのはそんなに難しいことじゃないよ。私の他にも、人間の文化に興味がある妖怪だったらいないわけじゃないし、自分から話してみれば意外と仲間は見つかるんだよね。相手に理解されたいって伝えないで、相手に都合よく理解してくれってのは無理な話ってこと」

 怪狸がこんなにもお喋りであるのも、自分の本能を理解されたい、満たされたいというところからきているのだろう。

「そういうとこは妖怪も人間も同じじゃない?この見た目でこんな趣味!?な人がいて、そこから始まるラブロマンスだったり。全く接点がなかったのにある日思いもよらないところで出会って、趣味を共有するきっかけになったり……なんて、人間の漫画なんかじゃよくある導入だし」

 妖怪も人間も、同じ……。

 今まで冷泉は、狐も天狗も、覚すらも自分たちとは違う妖怪というくくりで相対していた。どこかで国境のような、こちらから踏み入らない代わりにそちらからも踏み入らないでくれ、という領域があった。問われれば答えるが、それ以上はこちらから教えない……というような、そんな境界線を引いていた。

 覚の方を見る。こちらに気を配っている様子もなく対岸のビル群を見つめていた。ただビルを見ているのではなく、そのコンクリートの森の中にいるであろう何者かを意識しているのだろう。

 ……サトさんも、同じなのでしょうか。

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