第17話 前・思考停滞路線跡 北総線
天気雨が通り過ぎて再び歩き始めた後、冷泉たちの前に伸びている線路は周りの土地よりも低いところに引かれるようになっていた。レールの左右には植物に覆われたコンクリートの急な坂が迫り来ており、V字のくぼみのようなところを歩いていくことになった。
じゃりじゃりと石を踏む音が冷泉たちを囲むように響いている。何かに見下ろされているような気がした冷泉は、しきりに坂の上へ目を泳がせていた。ふとした瞬間に、カク猿のような妖怪が飛び降りてくるかもしれないと警戒してしまう。
「そんな心配いらねえ。辺りに敵意はない」
覚のその言葉もあり、安心した冷泉はふとした興味で坂の上へ丈夫な植物を掴んで登ってみた。誰も止めない中、手のひらに擦り傷を作りながら登り切った先に見たのは、印旛よりも植物に支配された人間のかつての町並みだった。
見渡す限りの緑色は様々な種類の植物が入り乱れたものであり、ところどころに見える柱のようなものは木々だけでなく、よく見ると電柱にツタが巻き付いたものもあった。先ほどの通り雨が残した雫が葉の上で日光を反射し、蛍のような小さいきらめきがそこかしこで群生していたのだ。家々も残らず植物を包み紙にしたプレゼントのような箱になっていた。
山にいた頃は決して見ることがなかった、人家が広がっていた名残に冷泉はしばらく見とれていた。
すると、彼女に近づく一つの影がどこからともなく現れた。
「こんにちわ、人間さん?」
それは一見すると人間の女子高生に見える様相の妖怪だった。振り返った冷泉も人間がいるのかと思ってしまったほどだったが、彼女をわざわざ「人間」と呼ぶ者が人間であるわけがない。友人に話しかけるような声色と笑顔を貼り付けて冷泉を見下ろす彼女が身にまとわせている、淡く光っているように見える細長く白い布が目を引いた。
サトさん、辺りに危険はないはずでは!?
返す言葉を発せない冷泉がじりじりとその場から遠ざかろうとしていると、妖怪は頬を膨らませて不満そうな表情をする。
「えーと、食べるつもりはないわよ。ただ、お疲れのようだし、お水一杯はどうかしらと思って」
そう言いながら女学生風の妖怪が差し出したのは、持っていることに今まで気付かなかったのが不思議なくらい柄の長い柄杓だった。中には溢れる一歩手前まで満たされた透明な水が。
怪しさ満載である勧誘だ。全力で首を横に振る冷泉。
「そんな遠慮せずにぃ。お嬢さん、見たところお疲れのようだし、さ、ぐぐっと一杯いっちゃおう?」
笑顔で迫る妖怪と彼女の柄杓。ついには冷泉の顎を持ち上げ、無理矢理水を飲ませようと迫ってきたのだ。
小枝のような細長い指からは想像できないほどの力で挟まれ、身動きが取れない冷泉。今更ながら脳内に危険信号が行き渡り、妖怪の手を掴んで必死に抵抗する。掴んだ瞬間に感じた肉の柔らかさに驚いたが、顔を挟む力が緩むことは一切なかった。
冷泉の視界で何度も白い光が瞬いた。段々と頭の中から意識が抜き取られていくような、いや、実際そうなのだろう。遠のいていく感覚は生からも遠のいていることと同義である。
いよいよ夜でもないのに辺りが暗くなり始めた。
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