第15話 中・荒廃路線跡 北総線
そのようなこともあって、狐の店からは冷泉、覚、そして天狗の三名の旅となったのだ。
狐の指示で、店を北上したところを横切る線路を辿って西へ進む一行。天狗によれば、かつてこの線路を走る電車がトウキョウへ続いているらしい。もちろん今では電車が動くはずもないので、徒歩での旅路となる。
線路に沿って歩き始めてから二時間ほど経っただろうか、彼女らの足取りはそれぞれが異なっているのであり、傍から見ればとても同じ場所を目指しているようには見えないだろう。
天狗のそれは、特に何も考えている様子もなくまっすぐとした歩みである。気さくに冷泉に話しかけては苦笑いをされ、覚に声をかければ無視され、しかしそれを気にしている様子でもなかった。
冷泉のそれは、できるだけ天狗から離れようとしている様子である。声をかけられてはビクリと身体を跳ね上がらせ、戸惑いつつもスケッチブックで当たり障りなく応答するのであった。
覚のそれは、非常に淡々として三名の先頭を突き進むものである。冷泉には心なしか、今までの旅路よりも速足であるように感じ取れた。狐に何か囁かれて都へ向かう気になったこともあり、きっとあそこには覚の求める何かがあるのだろうと冷泉は睨んでいた。
そして、そんな覚の歩みがぴたりと止まった。
どうしたんですか?
「……誰か来るぞ」
覚は片手で持っていた弁当の包みを静かに地面へ降ろす。そしてシャベルを両手で持ち直した仕草で、戦闘態勢に入ったのだと冷泉は察した。
「何事ですかな?」といつの間にか覚と並び立った天狗の視線の先、つまり冷泉たちの進行方向のレールの上に三つの影がぼんやりと見えた。冷泉たちに向かってくるのは明らかであった。
三十メートルくらいまで近付いてきたとき、冷泉はその姿をはっきりととらえた。三名とも毛むくじゃらの黒いサルのような、それでいて覚とそう大きさは変わらない獣だった。あれらも妖怪なのだろう。
「ふむ。あれはカク猿ですかな。どうやら酷く衰弱しているようですぞ」
「衰弱?……ああ、確かに。あまり話が通じそうな様子じゃねえな」
覚の言う通り、冷泉から見ても彼らの様子は、糸が数か所切れてしまった操り人形のように足取りが確かなものではない。瞳は真正面を見つめているようで、しかし全く動いている様子がなく張り付いたように動きがないことが、彼らが異常であることを物語っていた。
そしてその瞳が冷泉を捉えた。もしも彼らの目線がスポットライトだとしたら、冷泉は三方向からそろって眩く照らされていたのだろう。そして彼らの鼻がそろってピクリと動いたのを冷泉も覚も見逃さなかった。
あ、これ多分、狙われてるな。
そう思う前に、本能で冷泉の足は後ろへ一歩下がった。そしてそれよりも先に、天狗にカク猿と呼ばれた妖怪たちは姿そのままの獣のごとく、冷泉に向かって一直線にダッシュで向かってくる。
「すぐ終わる。あまり動くなよ!」
迎え撃つように、いや本当に迎え撃つつもりなのだろう、覚は真正面から槍のようにカク猿たちへ突き進んだ。
「手伝いが必要ですかな!?」
「いらねえ!後ろにでも気を配っとけ」
背中の筋肉を見せつけるバイセップスをキメた天狗の問いにもぶっきらぼうに答え、覚が振り上げたシャベルがまだ昇りかけの日の光に反射した。
シャベルが放つ光は流線形の軌跡となり、一匹のカク猿の頭へ打ち込まれた。冷泉が船で見たあのフルスイングだった。
船で吹っ飛ばされた妖怪より柔らかかったのか、打ち所が悪かったのか、トマトがはじけるような音と共に、頭を潰されたカク猿は樹液のような粘り気のある緑の体液を吹き出しながらその場に倒れた。体液、毛、肉片といったものが宙を舞い、冷泉はわずかばかりの吐き気を催す。
そして冷泉が数回の瞬きをする時間の内に、覚は自身へと標的を変更した残りのカク猿を蹂躙する。戦いとかケンカとかはよくわからない冷泉にとっても、それは圧倒的なものであった。
カク猿の一匹の顔面へシャベルの先端を突き刺し、ひるんだ相手の後頭部を掴んで足元のレールへ叩きつける。鈍い音が響く。ピクリと痙攣しかしなくなったそれから手を離し、残る一体へと向き直る覚。残された者もたった一匹になったからといって怖気づいた様子もなく飛び込んできたが覚に一蹴され、首元をシャベルの先の刃で切り裂かれた。目がぐるりと上へ回転した。クジラが潮を吹くように、カク猿は体液をまき散らしながらドサリと地に沈む。そして、まだ息があったであろう二体目の後頭部へ垂直にシャベルが振り下ろす。どのカク猿も、それ以降動き出す気配はなかった。
動かなくなる妖怪の中に一人だけ立ち続ける覚。雨のように浴びたカク猿の体液の隙間から、いつもより細い彼の目が彼女へ向く。冷泉にはそこにいるのが覚ではなく、今初めて見た、自分に今にも襲い掛かってきそうな妖怪に見えたのだ。
治ったはずの足首が痛んだような気がした。
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