第14話 前・荒廃路線跡 北総線
拝啓、おばあさま。私はあなたが大嫌いです。
なぜこんな世界に居残ることになったのか。それについてはきっと、いや決して理解できる日が来るとは思えませんが、おばあさまにもそれはそれは深い考えがあってのことでしょう。重ねて言いますが、理解できるとは思いません。
しかし、他の人たちと移住すれば、私が今こうして声を求めて旅することも、一応味方のような妖怪たちと肩を並べて線路を歩くこともなかったのだろうと思います。傍から聞いていれば「なんて貴重な経験なんだ」と思われるかもしれませんが、そう言う人たちに私は、首輪がつけられていない猛獣を隣に連れながら散歩ができるかどうか問いたいです。そういうことなのです。
そう、冷泉は狐の店でできるだけ妖怪たちから距離を取って一晩を明かした後、災霊がいるであろう場所へ、かつて鉄道が走っていた線路を辿って歩を進めているのだ。
まさに秋らしい、天が高くまで見通せるほどの快晴。その下で、赤くさびた鉄のレールと腐食して黒ずんだ枕木が重なる道を西へと進む冷泉。そしてその前後には冷泉と共に旅路を行く二つの影があった。
一つは覚である。冷泉と覚は出発の際、狐からお弁当と称された食料を受け取っていた。だから覚は片手に弁当の詰まった風呂敷を、もう片手にはシャベルをぶら下げているという出で立ちであった。それを見た冷泉は、畑仕事に行くんですか?と何の意図もなく尋ねたが、覚には無視された。
そしてもう一つの存在はというと……。
「冷泉殿!足の様子はいかがですかな!?」
実は、まだ少し痛むのですが……。
狐に包帯を巻いてもらった足の痛みは、気にしないようにすれば何とかなるくらいにまでは回復していた。出かける際に狐からもらったスケッチブックに『だいじょうぶです』と急いで書き込む冷泉。
「それは結構!都まで道のりは長い故、頑張っていきましょうぞ!」
ブワハハハ、と野太い笑いが後に続く。その声に押されるように、冷泉はその者と距離をじりじり離す。
彼は狐の店でうな重を作っていた巨漢である。冷泉にしてみればそこそこ肌寒く感じる季節だと言うのに、小麦色の肌に筋肉の鎧をまとった彼はなぜか上半身裸である。顔には口元の開いた、厳めしい天狗の面が張り付き、小さな頭襟を被っているというところまでは本で見た天狗のイメージのそれなのだが、初めてみたときは冷泉も心で絶叫を上げた。なにせ筋肉特盛の体躯がそれらにアンバランスすぎる。身体がスイカだとしたら頭はプチトマトくらいの比率である。
なぜ覚だけでなくこの巨漢、天狗も行動を共にしているかというと、これもまた狐のアドバイスなのであった。
「都に行きなさい」
覚を思いとどまらせた後、狐は湯気の立つお茶をすすりながらそう言った。
「ところで冷泉ちゃんは、今この国でどこが『都』と呼ばれているか知っているかい?」
それくらいは知っています!
『トウキョウです』
「その通り。今、その都である異変が起きているのさ。時に覚、この町に来て、以前と何か違うことに気付いたかい?」
「あ?……ああそういや、妖怪の数がやけに多かったな」
「そうそう。実は今この町にいる大半の妖怪は、つい最近都から移り住んできたやつらでね。都の妖怪には人間の食事が好きなやつも多いし、ここにもたまーに客がやってくるようにもなったのさ」
両手を肩まで上げ、やれやれという狐のジェスチャー。
「――で、その妖怪たちが言うにはね、都にある強力な何者かがやってきて、なぜか心をやられる妖怪が後を絶たなくなったらしい。寒気、恐れ、不安。感じるものは妖怪それぞれだけど、もう都はとても住めるところじゃなくなったらしいってね」
「……災霊か」
「だろうね。冷泉ちゃんに関係ある災霊かはわからないけどさ」
「決まりだ。おい、もう歩けそうか?」
えっ。えーと、多分、もう大丈夫そうですね。
「そうか。都までは歩いて……半日くらいだから、明日の朝に出るぞ」
は、はい!
「じゃあ彼も連れていくといい。都への地理にも詳しいからさ」
そして狐が店の奥から連れてきたのが、サイドチェストのポーズをキメる筋骨隆々の天狗である。
この時、少女が彼を見て二度目の叫びをあげたのは言うまでもない。ちなみに覚は完全無視の様子である。何も思うところがないのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます