第13話 後・印旛

『居場所を教えてください』

 迷いもなくそう書いた。説明を受けた今となっても、その災霊がまだ理解できていない冷泉だったが、それ故に声を取り戻したいという気持ちを変えることはなかった。

「ようし。じゃあ一息入れてからまた話すとしようかね。ちょっと喋り疲れたから、お茶にでもしよう」

「なら、俺は今度こそ出ていくぞ」

 聞き役に飽きていたのであろう。イライラしていた様子の覚は席を立つ。

 あわよくば覚についてきてほしいと思っていた冷泉は、さっさと出ていこうとする彼を戸惑った様子で見つめていた。

 そこで覚を止めたのは狐である。

「へぇ。この子がまた危険な旅路に向かうってのに、置き去りにするのかい?」

「だーかーら、俺はここまで送るだけって言っただろ。あとはお前らで勝手にやってろ」

「……仕方ないねぇ」

 狐は何を企んでいるのか、口の端を僅かに上げて席を立ち、シャベルを持って出ていこうとする覚に近づいた。狐は頭一個分くらい背の高い覚の耳に、背伸びをして口元を寄せ、何かを囁いた。

 冷泉からは、ほんの一言だけのように見えたのだが、どうやらそのメッセージは覚の中の何かを大きく動かしたらしい。

「……早く災霊の居場所を話せ」

 踵を返した覚はフロアの奥にある、床より一段高くなっている座敷に腰かけた。気難しそうな表情は変わらないが、その瞳は何かを期待しているような色を帯びていた。

『何を言ったんですか?』

 あの覚を一言で思い直させたことがどうしても気になった冷泉は、こっそり狐に尋ねてみた。

「……妖怪の本能を思い出させてやったのさ」

 その言葉の意味を、人間である冷泉がわかるはずもなかった。

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