第10話 前・印旛
覚と少女は店に入る。
食欲を誘う香りに包まれる店内。太陽の光が差し込む入り口からすぐのフロアは大変綺麗に片付いており、店内には木のテーブルと椅子が一組しかなかった。
そして、椅子には少女と同い年か少し上か、しかしよく見るともっと年を重ねているような、「年齢不詳」を体現したかのような黒髪女性がこちらに気付いた様子で座っていた。揃えられた黒い前髪の下から、切れ長の目を真ん丸にさせてこちらを見つめている。雑誌で見るような綺麗な人、というのが少女の彼女への第一印象だった。
「おや、おやおやおやまぁ。これはこれはすごいシロモノを連れているじゃないか。もしかして今回のお土産はその子かい?」
女性が覚ではなく少女の方へ近付いてくる。なぜか笑顔であった。道端に落ちている面白そうなガラクタを見つけたような、そんな笑み。
「んなわけねーだろクソ狐。このじゃが――人間、足にケガをしているから面倒見てくれ」
「私は医者ではないのだが?」
「……でもこいつのこと、気になってはいるよな」
うわあ。サトさん、今遠慮なく心読みましたね……。
「それはそうさね。まさかこんな生きた亡霊とも言えるようなのが来店とはねえ。こんな世の中でも長生きはするものだ」
今日はヒヨコ、お土産、果ては亡霊と、散々な扱いに心で涙する少女であった。
「おや。この子、足に怪我しているじゃないか。これはこれは……まあ雑な処置だこと」
「うるせえクソ狐。で、治せるか?」
「急かすんじゃないよ。まずは診るから、ほら、ここに座らせて。……ん、この子、人間の匂いがほとんどしないねえ。何をしたんだい?」
「アカナメの風呂に入れさせた」
「なるほどね。心得たものだ」
なぜかはわからないが、楽しげな声である。
覚の腕から椅子へと移された少女は、何度もクソ狐と呼ばれている女性から足の処置を受けた。
処置と言っても、サポーターを外し、まだ青く腫れあがっている幹部に両手を重ねられただけだった。しかし、何やっているんだろうという少女の疑問は、みるみる驚きへと変わっていった。
足首をひねられた痛みが水に流すようにするすると失せて、女性がかざしていた手を除けると、青くなっていた部分も時間が逆転したように、元の肌の色に限りなく近い状態に戻っているのだった。少女は自分の身に何が起こっているのかわからなかったが、目の前の女性は人間ではなく妖怪であること、そして少女を助けてくれたことは確かであった。
えっと、ありがとう、ございます。
「ん、どうした。まだどこか痛むのかい?」
少女はハッと気付く。今も女性にお礼を心で伝えたのであったが、それを読み取れるのは覚のみであったことを。だから目の前の女性には、少女の感謝の気持ちは寸分たりとも届いてはいなかった。
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