第6話 後・九十九里
「おい、もう自分で歩けそうか?」
ううぅ。まだちょっと無理かもしれません……。
覚はため息をつくと、自分たちの周りを見回した。
船から脱出して数時間が過ぎた夕刻、温泉施設を出た二名が一息ついているここは、妖怪銭湯を出て少し内陸に進んだ田畑地帯である。人の手が加えられず荒れ放題の土地、と思いきや、いくつかの畑は手が加えられた形跡がある。何なら少女の目の前には今すぐにでも収穫ができそうな青々とした葉が並んでいる。
妖怪が人間のように農作業をしている?まさか。
「そのまさかだ。農業をする妖怪がいちゃ悪いのかよ?」
いや、悪くはないですけど。
「妖怪だって生身の身体を持つ奴らがほとんどだ。お前ら人間と同じく飲み食いだってする。まあ、生きるためじゃなくて娯楽のためだがな」
そう言うと覚は落とした小銭でも拾うかのように、足元からひょいと長い蔓を数本引き抜き、スコップと一緒に担いだ。蔓の先端付近には丸々としたサツマイモがいくつも付いていた。
「よし。じゃあ行くぞ」
『よし』ではないですよ!それは泥棒では?!
「あ?別に盗っても良いものを盗って何か悪いのかよ」
まさか、これって持ち去り自由なんですか?作った妖怪に怒られたりとか……。
「こういうのを作る奴らは、大抵育てるまでしか考えていねえ。育てきったら満足してお終いだ。だから数個どころか全部持って行っても問題はねえよ」
余ったものは売ったりするのでは。
「馬鹿か。都ならまだしも、ここらの妖怪の連中に経済なんてモンがあるか。あったとしても物々交換がせいぜいだ」
へぇー……きゃあ!
感心している少女を覚は小脇に抱え、さらに海とは反対方向へ歩を進めるのだった。相変わらずの荷物扱いが癪に障った少女だったが、今身に着けているちょっとかび臭い薄緑の着物も彼に用意してもらったということもあり、ここは黙って覚に従うのであった。ちなみに、これまで少女が身に着けていた着物は覚に無残にも縦に裂かれ、木の枝と組み合わせて船で捻られた足首のサポーターと生まれ変わっていた。意外とアイデア性を持つ妖怪である。祖母の知恵袋といい勝負になると感心する少女だった。
でも、これからどこへ行くのですか?
「知り合いのところだ」
……その方って、もしかしなくても妖怪ですよね?
「当たり前だろ。人間がまだこの世界にポンポンいてたまるか。まあ、妖怪だが人間を売り飛ばしたりはしない奴だ、多分」
最後の一言がなければ安心できたんですが!ほんと一言多いですね!
「いいから黙って運ばれとけジャガイモ」
じゃが……何ですかその大自然の魅力にあふれた呼び方は。
「うるせえ。騒がしくするなら今ここで埋めて土に返してやる」
鬼!
「覚だよ」
しかし自力で逃げられない現状では、この少女の運命の主導権は完全に覚のものである。だから少女は彼の機嫌を損ねないように、心の口数を減らして周りの景色に気を向けることにした。
見渡せば見渡すほど、まるで茶色の絵の具だけを渡された画家が描いたような土と枯草の大地である。その寂しさは外観だけではない。覚以外の妖怪を見たのも先ほどの銭湯にいたのを最後に、その姿とすれ違うどころか視界の端に引っかかることもなかった。そもそも鳥の一羽も見かけることがない。少女は夕日が徐々に傾いていく世界に、覚と二人取り残されてしまったような疎外感を感じるのであった。
「こんな建物もないところに妖怪がいるはずもないだろ。大体の妖怪は人間がいた町に集まるもんだ」
それを読み取ったのか、覚は尋ねられたわけでもなくそう言った。
妖怪も人間と同じで、町とかに住むんですね。
「同じなものか。妖怪どもは自分の好きなこと、やりたいことをする。一か所に集まるのもただ騒ぎたいだけで、人間みたいな社会を作るなんて考えねえよ」
少女ははるか遠くに見える、いつの間にか蛍のようにいくつもの小さな明かりが灯っている場所を見つける。きっとあそこには妖怪たちが集まっているのだろう。何をしているのかは見当もつかないし、考えたくもないが。足が動いたって近付くはずもない。
……まさか、あの。
「行ってやろうか?」
そんなことしたら毎晩あなたの枕元に立ってやります。
「妖怪にそんなことする幽霊なんて、後にも先にもお前ぐらいだろうよ」
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