第4話 前・九十九里
拝啓、おばあさま。私はあなたが大嫌いです。
なぜ祖母が私を道連れにこの星に残ったのかがわからなかった。みんなと一緒にどこかの星で人間の世界をやり直せばよかったのに、それを捨ててまであんな化け物どもが歩き回るこんな世界のどこがいいのか。
そういった類の質問、というよりも愚痴を祖母に何度もぶつけたものである。しかし納得のいく回答が返ってくることは最後までなかった。
でもおばあさま、私はおばあさまのそんな態度よりも怒り心頭に発する出来事がたった先ほど起こりました。まさか怒りランキング第一位が塗り替えられるとは思いませんでした。
臭い。少女はその言葉の意味を考え、そして気付いたら、彼の頬を思いっきり叩いていた。気付いても二回くらい勢いついでに叩いておいた。
そんなことをしたのだから、当然の扱いだろう。少女はおんぶではなく小脇に抱えられて男に連れていかれることになったのだ。
そうして海を背にして歩くと、ほどなくして人間のかつての居住区が見えてくるのであった。
どの家も住人を失ってから放っておかれたせいで崩壊や荒廃が進んでいた。特に外壁や鉄製の柵は潮風に当たって変色が進んだり、一部が崩れて無残な姿を晒していた。もともと小奇麗な姿をしていたであろう一戸建ての家々も、全身を植物に覆われて小さな森のような姿になっているものもあった。
そして、道のわきでいくつも目にした、上部から黒いひもが垂れ下がっている灰色の柱には文字が書かれており、かろうじて読めるくらいまでかすれてはいたがこう読めた。「九十九里」と。
それはそうと、どこに行くのだろうか。
「もうすぐ着く。まずはその臭い身体をどうにかしろ」
叩いたことをまだ根に持っているのだろうか。そんなに強く叩いてはいない……気がする。
「とぼけんな。そのゲソみたいな手から何であんな力が出るんだよ」
昔から畑仕事をやっていたからでしょうかねー。
「だからジャガイモみたいに汚れてるのかお前。ああ臭い臭い」
もし降りた時は覚えていろよ、と少女は心の内で悪態をついたが、男にはそれは筒抜けなのだろう。
少女は怒りを覚えつつも、どういうわけか心を読み取られながらだが、誰かと話すという久しく感じていなかった温かさが混ざり合う心境であった。
冷たい潮風が横切る居住区のあるところでシャベルの男は立ち止った。
周りの建物よりも一回り大きい。今にも崩れ去りそうな雰囲気であることは他と同じだが、外壁を覆う植物が幾分取り除かれているようであり、そして窓の一部からは白い煙がもくもくと青空に向かって立ち上っているのだ。
誰かいるのか。そして少女は、ある旅雑誌でこれと似たような建物を見たことがあったのだ。
少女の予感は当たった。小脇に抱えられたまま少女が通り抜けた入り口には「湯」と書かれていたのだ。
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