第12話 『アレキサンダー』

 いらっしゃいませ。


 そうですね。前回はホラーテイストでしたから、今日は王道な恋愛話しでも致しましょうか?


 貴方も恐らくはもう忘れてる感覚ですから思い出すのも良いかもですね。


 今宵のカクテルは

『アレキサンダー』


 ブランデー30ml

 クレーム・ド・カカオ・ブラウン15ml

 生クリーム15ml



 これらをシェイカーに入れてシェイクしカクテルグラスに注ぎます。

 最後にナツメグを掛けて完成です。



 淡い茶褐色に上品な甘さで、チョコレートの様な甘い香り。なめらかな味わいの飲みやすいカクテルになります。ただ度数は高めですから飲み過ぎには注意ですよ。




 ※※※※


 カウンター席では若い学生らしき男女が飲んでいた。

 男は自分のグラスを手に持つと女にグラスを合わせた。



「一週間ほど遅くなっちゃったけど、日奈子ちゃん。二十歳のお誕生日おめでとう」


「あ ありがとう……ございます」



 男に言われた女は照れながらも頭を下げた。



「日奈子ちゃんはアルコール大丈夫だったの? 」


「はい。強くはないですが飲めなくはないです……」



 男は微笑むとカウンターに置かれたクラッカーに手を伸ばした。



「そっか。じゃあ、今日は酔いすぎない程度に楽しもう」



 女は緊張してるのかコクりと頷いた。



「それにしても本当に俺なんかで良かったの? 」


「は はい。せっかく二十歳になったんだし大人っぽいお店に行ってみたくて……先輩は大人だし色々と知ってそうでしたから」



 女はグラスに口を付け緊張した様に飲むとカウンターに置いた。



「って、俺も日奈子ちゃんと二歳しか変わらないよ。ここは雰囲気も良いし気に入ってくれれば良いけど。カクテルも美味しいし」


 女の置いたグラスはカウンターの手前の方に置かれており、男は微笑みを崩さずにサッと床に落ちない様に奥へとずらした。



「す 素敵です」


「え 何が?」


「あっ か カクテルの色が…… 」


 男はクスッと笑った。


「日奈子ちゃんが、うちのカメラサークルに入ってくれて本当に良かったよ。最初からカメラに興味あったの? 」



 女は首を横に振ったかと思うと慌てて、手をブンブンと顔の前で動かした。



「ち 違うんです。興味はありますが……」


「ははは。日奈子ちゃん面白いなぁ。まっ うちのカメラサークルって楽しく撮りたいものを撮ってコンクールに出す。みたいな、ゆる~いサークルだからさ」


「でも先輩は毎日、何かしら撮ったり個展を観に行ったり勉強してるじゃないですか? 」


「おっ 嬉しいね。俺の頑張りを見てるのは日奈子ちゃんだけだよ」



 女は顔を赤らめると俯いた。



「せ 先輩は撮りたいものとかあるんですか? 」



 男は頬杖をつきながら思案すると流し目で女を見た。



「う~ん……今は日奈子ちゃん」


「え? 」


「だって、普段はツンツンしてて、近付くなオーラ出してる日奈子ちゃんが、今はアルコールで顔を凄い赤らめてるし」


「そ そんなオーラ出してませんし、そんなに顔が赤いですか? 」


 女は両手を頬っぺたに当てると、男は片目を瞑り手で構図を取る仕草をしては、四角く出来た空間から眼を覗かせた。



「シャッターチャンス! その仕草めちゃくちゃ可愛い」


「も もう止めてください」



 女は咄嗟に頬っぺたに当てた手を避けると、そっぽを向いた。



「ごめん。ごめん。ツンツンしないでよ」


「し してません……」


「そっか。でも、何か意外だね」


「何がですか? 」



 女は、ばつが悪そうに男の方に目を向けた。



「日奈子ちゃんって、可愛いし彼氏さんとかいると思ってたけど」


「い いません。小中校と女子高だったのがいけないのか、恋愛とか好きになる。ってのが良く分からないですし……」



 男は目を丸くした。



「え? 彼氏とかいなかったの? 」


 女は頷いた。


「そうなんだ……」


「せ 先輩はどうなんですか? 彼女がいないのは知ってますが、す 好きな人とかいるんですか? 」



 男は人差し指を鼻に当てて微笑んだ。


「内緒」


「ず ずるいです。私は正直に頷いたのに」



 男が苦笑いすると女は男を見つめた。



「じ じゃあ、好きになるって、どんな気持ちや感情になるんですか? 教えてください」


「本当に好きになったことないの? 」



 女は恥ずかしそうに小さく頷いた。



「どんなって……まぁ 気が付いたら、その人の事を考えてたり、いつのまにか目で追ってたり、その人と話せた日は1日ご機嫌になったり」


「な なるほどですね。それから」


「その子の近くにいたいと思ったり、その子の趣味を自分でも趣味にしたくなったり、共通点を探してみたり」


「わ 分かりまっ。じゃなくて、ほ 他にはどうですか? 」


「もっと言うの? う~ん。その子の名前を無駄に呼んでみたくなったり。あっ 今までのとは逆で、好きって気付かれたくないから、わざと冷たい態度を取るんだけど、取った後に後悔しちゃったりとか」



 男が話し終わりグラスを持ち口に付けると、女は男の肩をチョンチョンとつついてから、すり寄り耳元で囁いた。



「完璧に分かりました。私、淳司さんに初恋しちゃいました……」



 不意に名前を呼ばれた男はみるみる顔が赤くなると、飲んでいたカクテルを一気に吹き出した。



「淳司先輩。思い出に残したい位にシャッターチャンスでしたね」



 ※※※※



 えぇ、その日から定期的に2人で仲良く、いらっしゃる様になりましたよ。

 仲睦まじいお二人を見ていると、ついついこちらとしても、ちょっとしたおつまみをサービスしたくなりますね。



『アレキサンダー』

 カクテル言葉は



『初恋の想い出』



 お二人にとって、このお店が良い想い出になって頂けると嬉しいですね。

『アレキサンダー』は飲みやすいですし生クリームのまろやかさが飲みすぎを誘いますが、アルコール度数の高さから『レディキラー』とも呼ばれておりますので、くれぐれも注意してくださいね。


 カクテル言葉が『忘れたい想い出』にならないように……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る