第13話 『コンクラーベ』

 いらっしゃいませ。



 おや。浮かない顔をしておりますが……

 さようでございましたか。鍵を掛け忘れたと思い、一旦戻ってみれば鍵は掛けてあったと。

 確かにどっちか忘れてしまう事もありますね。

 では、今日はそんなカップルの浮気話というか修羅場でも話しましょうか。



 今宵のカクテルは

『コンクラーベ』


 オレンジジュース 120ml

 牛乳 60ml

 ラズベリーシロップ 20ml


 これらをシェイカーに入れてシェイクしグラスに注ぎます。



 オレンジとラズベリーの比率を変えることで、カクテルの色もオレンジから淡い赤色へと変わります。

 ノンアルコールでクリーミーな味わいなカクテルになります。




 ※※※※


 カウンター席では終始、ショートボブの女が隣に座っているスーツ姿の男に詰め寄り興奮しながら捲し立てていた。


「ねぇ さっきから黙ってないで何とか言ったらどうなの? 」


 男は口を開くとさらに女の口撃に合いそうなのを感じ取っているのか、眉間にシワを寄せながら黙っていた。


「ほら。黙ってるって事は肯定してるのと同じじゃない。認めるのね? 浮気したと認めるのね? 」



 男は我慢しきれずに口を開こうとすると



「何よ、いまさら言い訳でもする気? 」


「何なんだよ! 黙ってても口を開いても同じじゃねーかよ。じゃあ どうしろって言うんだよ! 」



 間髪入れずに突っ込んで来る女に、男はイラついた様子で煙草に火を着けた。



「自分の胸に聞いてみなさいよ! あんた、あの時に何て言ったか覚えてるの? 」


「だ だから、あれは俺じゃなく……何て言うか赤ちゃんの時に亡くなった双子の……だよ」


「はぁ? まだ、そんな事言ってんの。良いわ、私が言って上げる。出張が急遽取り止めになって家に戻るとヒールが玄関にあって、私が寝室に行くと寝室の鍵が掛かってたのよ! 急いで鍵を開けると窓が開け放たれていて、慌てた様子で服を着ているあんたがいたの! 」



 女は肩で息をしながら言葉を区切ると、さらに男に詰め寄った。



「で、寝室のウォークインクローゼットに結婚資金とか貴重品を仕舞うから鍵を作っておいたのに。あんたは何をパニクったのか『お 俺が君には見えているのか? し 信じて貰えるか分からないけど、俺は幽霊なんだー』ってバツッッッッカみたいな捨て台詞で、玄関に走って出ていったのよ。そん時に浮気相手のヒールも持っていったようね! 」



 男は冷静さを失わない様にゆっくりと深く煙草を吸い込んでは煙を吐いた。



「落ち着けって。その男の事は俺は知らないし、そん時には俺はスロット打ってたんだぞ」


「スロット打ってた証拠は? 」


「1人で打ちに行って負けただけだし、証拠何てねーよ。逆にお前が見たのが俺だって証拠はあんのかよ! 」



 女は怒り心頭で自分の目を指した。



「はぁ~ あんた本気で頭、大丈夫? 私がこの目で見た。って、言ってんのよ! 」


「だ だから、お前も仕事で疲れてるじゃん。見間違いかもだし」


「何と見間違うのよ! じゃあ、長い髪の毛がベッドに落ちていたのは? 」


「そ それは……あれだよ!俺のコレクションのフィギアの髪の毛だよ」


「いや、美少女フィギアをベッドに持っていってる時点でキモいし、フルーティーな甘い匂いもしてたし」



 男はスーツのポケットから煙草を取り出した。



「これだよ! たまにこっち吸いたくなるんだよなぁ。今は煙草のフレーバーもフルーティーなの多いから」


「そんな煙臭い匂いじゃなかった! 」



 男が持っていた煙草を女は奪い取るとクシャッと握りつぶしてカウンターに置いた。


「おいおい。いい加減にしろよ。お前の見間違いだって」


 根比べは続き、男は徹底的に言い逃れる事で、無理矢理にでも黒と認めようとはしない作戦なのか、事あるごとに女の追及を真逆に否定し苦し紛れにでも交わしていった。



「何で浴室の洗濯かごに、バスタオルが2枚置いてあったのよ」


「飲みもん溢しちゃって、タオルなかったら、バスタオルで拭いちった」


「何でマグカップが2つ置いてあったのよ」


「洗うの面倒臭くて、もう1つ出しちったから」



 女は何が何でも認めようとしない男にイラつき、機転を効かせた。



「枕元にゴム落ちてたけど何で着けるのよ」


「着けてません。生で良いよ言ってたから…………あっ」



 女は顔を真っ赤にさせると男の頬を思いっきりビンタした。



「やっぱ、あんたバカだわ! 枕元にヘアゴムが落ちてたんだけど! 何でかなぁ!? 貴方も私もショートヘアーなのに、枕元にヘアゴムが落ちていたのは、何でなんでしょうか? 」



 頬をさする男のネクタイを鷲掴みにすると、女は自分の方に引き寄せた。



「私は心に鍵を掛ける。あんたにだけは絶対に、鍵は渡さないから。ご機嫌よう」



 店を出る女を追いかける事も出来ず、男は肩を落とし、ただただ頬を擦っていた……



 ※※※※



 女性の心情を察すると見ていて辛いものがありますが、別れて正解なのでしょう。男は浮気しただけでなく避妊もしなければ尚更ですね。



『コンクラーベ』

 カクテル言葉は



『鍵の掛かった部屋』



 えぇ ローマ教皇を決める選挙もコンクラーベと言いますが、カクテル名との関係性は不明との事。

 鍵の掛かった部屋を覗いてみれば、甘い恋愛もホラーもサスペンスも行われている事でしょう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る