第10話 『モスコミュール』

 いらっしゃいませ。


 連日の来店は嬉しいものですね。

 え? 先日一緒にいらしてた友人と喧嘩をしてましったのですか?


 喧嘩は長引く程ギクシャクしてしまいますからね。

 どちらに非があるかは分かりませんが、先に謝るのも手かと思います。

 そんなあなた様に……


 今宵のカクテルは

『モスコミュール』


 ウォッカ45ml

 ライム・ジュース15ml

 ジンジャー・エール適量


 これらを氷を入れたタンブラーに注ぎ、軽くかき混ぜまれば終わりのシンプルなカクテルです。

 琥珀色のさっぱりとした味わいでありスタンダードなカクテルですね。



 ※※※※


 カウンター席には男が2人肩を並べ飲んでいた。

 屈託ない笑顔に距離感から、2人の仲の良さが窺えた。


賢人けんとの言った通りに進めてたら、レアアイテムGET出来たよ」


 ニューエラのベースボールキャップを被った男は、嬉しそうに隣に座る男に話し掛けた。

 賢人と呼ばれた男はツイストパーマをしており、やんちゃな雰囲気をしていた。


「だろ! 意外と見落としがちなんだけど、あそこは1人で狩りに行って倒さないと、ドロップしないんだよ。って、琉生りゅうせいも俺と同じギルドに入れば良いのに」


 ベースボールキャップを被った琉生は首を横に振った。


「いやぁ。お誘いはありがたいんだが、もう別なギルドに入っちゃってさ」


「マジか? 残念。琉生と一緒のギルドなら、もっと面白くなりそうなのに」


 笑顔と口調から賢人がそこまで気落ちしてないのが見てとれた。


「賢人とはさ、中学高校、今の大学とずっと一緒だけど、俺ら喧嘩したことなくね?」


「そう言えばそうだな。一緒にいること多いけど喧嘩はないなぁ……まっ それだけ気が合うんだろうな」


 2人は何回目かの乾杯を交わすと笑いあった。


「で、琉生のギルドはどんな感じなの? 初心者にも優しくしてくれる? 」


「あぁ。良い人多いし、何よりもそこで知り合った、俺と同じ位の初心者の女の子が可愛くて」


「マジで? ってか実際に見たことあんの?」


 琉生はキャップを被り直した。


「いや。でも、チャットとかで何となく感じたりするじゃん? 」


「まぁ 大体、実物はこんななんだろうなぁ。とか思いながら、チャットするけど、実際は分かんねーぞ。おそらくは自分の理想を頭に浮かべてるだけだしな」



「そうなんだけど。俺と同じ位のスキルからか、親近感あるしさ、俺の後にくっついて来て、俺が必死に頑張って助けると、可愛らしい顔文字と一緒に『ありがとう』とか言われると悪いきはしねーよ」


 賢人はグラスに口を付けてから翔の肩を軽く叩いた。


「お前、他のギルドメンバーから出会い厨認定されんぞ。俺のギルドにもそういうゲーム目的なのか、女目当てなのか分からん迷惑な奴いるし」


「まだそこまでじゃねーよ。賢人はネトゲ長いけど、そういうのないの? 」


 賢人は腕組みをすると思い出してるのか眉間にシワを寄せた。



「う~ん なくはない。ネトゲで仲良くなってスカイプで通話しながらゲームってのはある。そいつはガチで可愛くてビビった! 何気に今、狙ってんだよね」


「何だよ。人の事全然言えねーだろ。賢人もあんじゃんか。俺も今度、その子とスカイプしようぜ。って話してて、する事になったんだ」


「マジか。さすがネトゲでも手が早い。って、そいつがリアルは男かも知らねーけどな」


「うわっ それ最悪。でも、ないとも言えないからな」


 琉生は嫌そうな顔をすると舌打ちをした。



「俺もたまに弱い初心者の女の振りをして、寄ってくる男からレアアイテム貰ったり、楽して経験値稼がせて貰ったりしてたからな」


「賢人もエグいな。でも、スカイプする子は絶対に可愛いらしい女の子だね」


「因みにその女の子の年齢と住んでる場所とかはもう聞いたの? 」


 琉生は先ほど変わって笑顔で頷いた。


「あぁ チャットで聞いた。すげーのが、俺たちと同じ大学なんだよ! スカイプした時のお楽しみって事で、学部までは教えてくれなかったけど、しかも年齢も同じだからな」


 その言葉を聞くと賢人の表情が曇った。


「琉生。念のために聞くけど、お前の入ってるギルドって、何て名前? 」


「え? 『ヴァルハラ帝国』ってとこだけど」


 賢人はしかめっ面になると琉生を睨んだ。


「それ、俺と同じギルド何だけど……最近入った奴ってことは、お前『Dragonstar』ってやつか? 」


「いや そうだけど。え? まさか……」


 琉生が何を言いたいのか察知した賢人は口を開いた。


「あぁ……ギルドで女って言えば『たぴおか』しかいねーよな」


 琉生はキャップを外すと頭をかいた。


「え? 賢人が『たぴおか』?」





 賢人は目を丸くした。


「は? 俺は『swordman』って名前だけど」


「あーー お前か! いつも俺が『たぴおか』と仲良くしようとすると邪魔してくる奴は」


 琉生は賢人を指差し睨んだ。


「うるせー お前が割って入って来るからだろ! 俺は初心者の子に優しく教えて上げてただけだ」


「いやいやいや。俺も初心者だから! 」


「初心者は足手まといだから引っ込んでろ」


「さっきと言うこと違うじゃねーか。女には優しくて男には引っ込んでろ。とかないわ」


 暫く2人は言い合いを続けていたが、疲れたのかどちらからともなく黙り込んだ。

 そのままグラスを傾けていると、ボソッと賢人が呟いた。


「『たぴおか』マジで可愛いし俺のタイプ何だよ」


 琉生はチラッと賢人を見た。


「そんなに可愛いなら俺もスカイプしたい」


 賢人は琉生の目の前で両手を合わせ頭を下げた。


「お前との初めての喧嘩が、こんな下らない事なんておかしすぎるわ! 頼む、上手く行くかは分からないが『たぴおか』にはネトゲ内だけで仲良くしてくれ」


 琉生は黙って頭を下げる賢人を見下ろし、賢人は頭を下げたまま、懇願する様に合わせた両手を擦った。


「なぁ 頼むって! 俺が持ってる中で一番のレアアイテムやるから。俺とお前の仲じゃん」


 琉生は溜め息を吐くと賢人の頭を叩いた。


「もう良いって顔上げろよ。別に俺もそこまで本気じゃねーし。高校の頃は俺の恋愛の後押ししてくれたしな。応援するからレアアイテムと俺の経験値稼ぎに一晩中付き合え」


 賢人は頭を上げると笑顔を見せ、琉生はポケットから財布を取り出した。


「良し、早速家に帰ってやるぞ! 」



 ※※※※



 結局、後日にいらした際に仰ってたのは、『たぴおか』さんは、彼らも所属しているギルドのリーダーと付き合ってたみたいですよ。ネトゲからの恋愛も最近は多いみたいですね。同じクエスト攻略や目標がある分、仲良くなりやすいかもですね。


 モスコミュール。名前の意味は「モスクワのラバ」でラバに蹴飛ばされたように効いてくるという、強いウォッカを使ったカクテルという意味だそうです。

 大体の人はラバに蹴られた事がないですから分かりませんよね。



『モスコミュール』

 カクテル言葉は



『喧嘩をしたらその日のうちに仲直りする』



 この言葉の様に、ライムの爽やかさとジンジャエールの炭酸がスッキリとした関係ですよね。

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