第9話 『スノーボール』

 いらっしゃいませ。


 おや、珍しいですね。今日はご友人と一緒ですか?

 えぇ、バーには1人でゆっくりと飲みに来られる方、私と話をされに来られる方。カップルで雰囲気などを楽む方など様々ですが、今日は女性同士でいらっしゃった、少し珍しい関係のお客様のお話しでも致しましょうか。


 今宵のカクテルは

『スノーボール』


 アドヴォカート 30ml

 ライムジュース5ml

 ジンジャエール105ml


 アドヴォカートとライムジュースをシェイクし氷を入れていたグラスに注ぎ、ジンジャエールを足して軽くかき混ぜます。


 アドヴォカートは卵リキュールで甘口ですね。アルコール度数も低めなので女性にオススメです。



 ※※※※


「エリカ姫、飲みすぎでは? 」


 カウンターでは、パンツルックのスーツ姿をしたショートボブにスクエア型の眼鏡を掛けた女が、たしなめるように隣の女に言葉を掛けた。


「ちょっと、こんな所で止めてよ、恥ずかしい。それに飲んででもしないと、やっていけないわ」


 姫と呼ばれた女はハーフサイドアップの黒髪に付けた、可愛らしいリボンを手直しすると。カウンターに置かれたグラスを一気に飲み干した。


「マスター 同じの頂戴」


 マスターは手早くカクテルを作ると女の手前に置いた。女はグラスを持つと再度一気に流し込み、その様子を見ていた眼鏡を掛けた女は呆れたように顔を横に振った。


「エリカ姫。何が不満なのですか? こんな姿を見られたら……」


「大丈夫よ。こんなお洒落なバーに来るわけないでしょ」


 眼鏡を掛けた女がスーツのポケットから手帳を取り出し開くと、姫の目の前まで持っていき見せた。

 姫は手帳から目を逸らした。



「エリカ姫。明日もこれだけ公務が入っているのですよ。皆さんが姫を待っているのです」


 女の言葉を無視する様に姫は頬杖をついた。



「エリカ姫。我が儘が過ぎます。貴女が望んでいた事ですよ」


 姫は頬杖を止めると眼鏡を掛けた女の法に体を向けた。


「だってずっとニコニコ笑ってるのも、背筋伸ばして姿勢良くしたりするのも疲れるもん」


「エリカ姫は立場が分かってるのですか? 前までは小さい国で少人数を相手にしてましたが、今や大国でそれこそ画面越しに見ている国民も大勢いるのですよ」


「むぅ~」


 姫は頬を膨らませ、プイッと横を向いた。


「まだ小さい国の方が良かったな。その方が国民の意見もダイレクトに伝わってきてやりやすかったし、気疲れはしなかったもん」


 眼鏡をくいっと押し当てると女は溜め息を吐いた。


「エリカ姫は小さい国で収まる器ではありません。もっと多くの国民と触れ合い。より多くの人間を我が国民とし救いへと導くのです。だから私もこうやって姫に付き添い、姫が少しでもやりやすいように日々を考えております」



「もう止めちゃおっかな」



 姫は眼鏡を掛けた女の方を見ずに答えた。


「エリカ姫! 国民が嘆き悲しみます。姫は国民に取っての希望であり、もはや信仰対象となっております。それこそ小さい国の時は、邪な気持ちを持った国民もいましたが、今となっては尊い存在なのですよ」


 姫は振り替えると眼鏡を掛けた女を睨んだ。


「だから、それが重いの! 貴女が敏腕過ぎたのが悪いのよ! 」


 姫は拳をカウンターに叩くと一気に喋りだした。


「良い? 私はね、ただチヤホヤされたかっただけなの。人並みに可愛く人並みのスタイルの私が人並み以上にチヤホヤされるには『姫』になることが趣味も兼ねていて調度良かったの」


 姫は身を乗り出し眼鏡を掛けた女に近付いては話を続けた。


「少人数の姫でチヤホヤされていたのが楽しかったの! それが貴女が近付いてきて、金儲けなのか知らないけど、ネット配信やらイベントやらを開催しファンクラブや会報を作って、勝手にどんどん大きくしちゃうから!」


 姫は息を切らすと、落ち着いてきたのか座り直し、再度ゆっくりと喋り出した。


「『エリカ国』ってなによ? 私のフォロワーやファンを『国民』って呼んで、エリカ姫がいかに素晴らしいかを国民に『教育』し、その国民が『勤労』と言われる外部ファンを増やす為の勧誘行為。を推奨し、私とのチェキや握手会の為のグッズ購入や投げ銭等を『納税』と言い、結構なノルマを課しているのは知っているのよ」



 眼鏡を掛けた女は冷静に表情1つ変えずにいる。


「何とか言いなさいよ。私は、ただのオタサーの姫で良かったのに、貴女が私から楽しみを奪ったのよ。今は『姫』をやることが苦痛でしかない」


 眼鏡を掛けた女は優しく微笑むと姫の手を握った。


「エリカ姫。さぞ、今まで辛かったでしょうね。ここまで姫が追い詰められていたとは……申し訳御座いません」


 姫は素直に頭を下げてくる女に驚き目を丸くした。


「エリカ姫。もう止めましょう。私はお金よりも国民よりも、エリカ姫の方が大事です」


「え!? 本当に……止めちゃうの……」


 眼鏡を掛けた女は、微笑みを絶やさずに頷いた。


「ええ。また普通の女の子に戻って普通の生活をして下さい。誰の目に触れる事もなく自由に過ごして下さい」


 姫は何か言いたそうに唇を噛んでいた。


「十分に私は稼がせて貰いましたし、姫が止めたいなら私はそれで良いです」


「ちょ ちょっと待って……でも、今止めちゃうと国民が悲しむわよね……」


 眼鏡を掛けた女は困惑顔で呟いた。


「何て優しいエリカ姫。えぇ、国民は悲しむでしょうが仕方のない事です」


「じゃ じゃあ。まだ止めなくても良いかな……わたしも国民が悲しむのは忍びないし」


 眼鏡を掛けた女はここぞとばかりに、感激している様に振る舞い、眼鏡を外し涙を拭く振りをした。


「清廉なエリカ姫。息苦しいのは人気者の宿命ですが、さぞ国民も喜ぶ事でしょう。さっ 明日のスケジュールはこちらですよ」


 女はしたり顔でスケジュール帳を姫に見せた。



 ※※※※


 最近ネットを中心に人気のある姫キャラですね。キャラって言ってしまうと国民の方に怒られそうですね。


『スノーボール』はジュース感覚で飲めますがアルコールが入っているのはお忘れなく、姫も最初はチヤホヤされるのを楽しみたかっただけでしょうが、承認欲求と言うのは怖いものですね。



『スノーボール』

 カクテル言葉は



『人気者』



 まさに人気者に相応しいカクテルで御座います。

『エリカ国』は何処まで国民を増やすのでしょうね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る