第7話 『XYZ』

 いらっしゃいませ。


 えぇ お陰さまで最近は、ちらほらとお客様も増えて来ましたね。


 貴方のようにお酒が好きな方から、息抜き程度に話を聞きに来る方など様々ですが……


 さようですか。前回がノンアルコールだったので今日はアルコールが強めのが飲みたいと。


 では、今宵のカクテルは


『XYZ』(エックス・ワイ・ズィー、エックス・ワイ・ゼット)


 ライト・ラム40ml

 コアントロー10ml

 レモン・ジュース10ml


 これらをシェイクしカクテルグラスに注ぎます。白色で度数は強めになります。某有名漫画でも登場するカクテルですから、お馴染みの方もいらっしゃると思いますが名前が面白いですよね。


 では『XYZ』を傾けながらお耳を拝借致しましょうか…………



 ※※※※


 カウンター席では美男美女と言っていいお似合いのカップルが、顔を近付かせては囁きあっていた。



「本当に私たちの恋人関係は今日で終わりなのね……」


「あぁ 今までマスコミにバレなかったが、さすがにバレたからな……」



 男は自嘲気味に笑うと顔を上げ、タバコの煙を上に吐き出した。



「でも、ドラマで恋人役を貴方とやってから、本当に付き合うとは思わなかった」


「俺もだよ。撮影が終わった後もお前が頭から離れなかった」


 女は嬉しそうに微笑み、男の肩を軽く叩いた。


「ねっ 今まで聞けなかったんだけど、最後に聞かせてよ。プレイボーイの貴方が私の何処に惚れて付き合ってたの? 」


 男は煙草を灰皿に押し付けると、背凭れに深く凭れ腕組みをした。



「顔と……バカな所」


 女は強めに再度、男の肩を叩いた。


「ひっど! 子役から売れてて勉強とかしてこなくてバカなのは認めるけど」


「認めるんだ。でも、お前のちょっと抜けてる所が癒されて心地良かったし、俺にとっては至高の存在だよ」


 男は真面目な顔になると言葉を区切り煙草に火を付けた。


「この煙草が吸い終わる頃には、お前とはもう……」


「そうね。前にも言ったかも知れないけど、私は貴方と付き合えて幸せだった。プレイボーイって言われてるけど、私の所属事務所に何回も何回も根気強く了承を貰いに行ったり誠実だったと思うわ」


 男は黙り込み味わうように煙草を深く吸い込む。

 女は横目で男を見ると微笑んだ。


「その煙草が吸い終われば私の前で、もう煙草は吸えないわよ」


 男は挑発するように女に煙を吐きかけると、女は手で煙を払い男を睨んだ。


「もう 臭いわね。私と約束したじゃない」


 煙草が短くなるまでゆっくりと噛み締めるように味わい。男は灰皿に力を込めて煙草を押し当てた。そして腕時計に目をやるとカウンターに置かれた男のスマホが点滅した。


「時間も0時を過ぎたし、恋人関係は終わりみたいね……なに、泣きそうになってるのよ」


 女は男の肩に手を置きながら男のスマホ画面を見るなり満面の笑みを浮かべる。


「ねぇ 恋は下に心で下心。愛は真ん中に心で真心って言うじゃない? 」


「泣きそうになってねーよ。って、それがどうかしたか? 」


「私たちの代理人が婚姻届を提出したって事は。今後は恋人じゃなくて夫婦よ。真心だから愛人なのよ。私は貴方の愛人! 」



 男は思わず声を上げて笑った。


「やっぱバカだ。俺に芸能界から干されて欲しくなければ明日の記者会見で『愛人』です。って言うなよ」


 女は口を尖らせながら、そっぽを向いた。


「な 何よ! 貴方だって真心で私を支えてくれるんでしょ? 貴方も私の愛人なのよ」


「まぁ 人生の最後まで『愛すべき人』って意味では『愛人』かもな」


 男は煙草を取り出そうとしたが女が煙草を奪った。


「こら! プロポーズされた時に私言ったよね? 婚姻届を出すまでは吸って良いけど、出した後は吸っちゃ駄目って。さっきのが最後の煙草だから」



 男は困ったように微笑むと頭をかいた。



 ※※※※



 今ではおしどり夫婦で有名なあのカップルですよ。

 記者会見でも女性の的外れな答えは、良い意味で暖かい笑いを提供してましたね。


『XYZ』はアルファベットの最後尾であることから『これが最後』や『これ以上良いものはない究極のカクテル』との意味合いを含んでおります。

 男性にとって最後の煙草の味は感慨深いものでしたし、結婚された女性が究極だったのでしょう。



『XYZ』

 カクテル言葉は



『永遠にあなたのもの』



 恋人から夫婦となった2人の永遠は素敵なものとなっているでしょうね。

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