第6話 『シンデレラ』

 いらっしゃいませ。


 おや、お疲れの様子ですが?

 なるほど、それは頑張り時でもありますね。


 では、今宵のお話とカクテルは夢に向かって今を必死に頑張る貴方に。


『シンデレラ』


 オレンジ・ジュース20ml

 パイナップル・ジュース20ml

 レモン・ジュース20ml


 これらをシェイクしカクテルグラスに注ぎます。

 ノンアルコールになりますから、お酒が苦手な方でも楽しんで飲めるカクテルになります。



 ※※※※



「マネージャー。私、やりたくない 」


 今時のファッションで身を固めた女が、アッシュブラウンのロングの髪を指にクルクルと巻き始めながら隣の男に愚痴を溢していた。

 隣のマネージャーと呼ばれた男は神経質そうに眼鏡を指で押さえると女を睨んだ。


「我が儘を言うな、お前も20才を過ぎたんだぞ。ここで良い仕事をしないと、この先はキツいぞ」


 女は悲壮感を漂わせながら深くため息を吐いた。


「それにお前には10代からやらせていた、ダンスや演技のレッスン代の支払いがある。芸能界が無理なら、際どいグラビアやAVも考えないといけない。セクシー女優も悪くないだろ」



 男は突き放すように冷たく言い放った。



「AV何て嫌だ。私は映画や朝ドラで主演を務めて国民的女優になるんだ! 」



 女は先ほどと変わって、威勢よく男に言い返す。



「なら、やるしかない。お前を誘ってきた奴は、今はメインから外されてはいるが、過去にはヒット作を何作も飛ばして来た名プロデューサーだ」


「昔は名プロデューサーでも、今は違うんでしょ? そんな奴に言われて寝て、私はその後も仕事を貰えるの? 端役何か嫌よ」



 男は眼鏡を外し息を吐きかけ、几帳面に拭くと眼鏡を掛け直し女を見つめた。


「今は番組も地味なものしか作ってないが、その内にドラマや映画をやるはずだからお前がヒロインだ」



「本当に……?」


 男は黙って頷いた。


「でも、やっぱり寝るなんて嫌だ! 」


「寝てるだけで良い。天井のシミでも数えてろ。その数十分が、お前の将来を明るくするんだぞ」



「寝てるだけって言うけど、私が将来国民的女優になった時に、これが黒歴史になるかもだし、ネット上で色々と言われるかも。とか、絶対にあれこれ考えちゃう」


「『悪名は無名に勝る』お前は無名のままで良いのか? 正直、お前程度の可愛さ・演技力の女優やアイドル何て吐いて捨てる程いるぞ。コネクションは大事だ! これもお前の為に言っている。お前はチャンスさえ掴めば絶対に売れると信じている。可愛さや演技力は今は並みでも、お前には特別なオーラがある! この話を受けろ」



 女は思案するように眉間にシワを寄せていたが、覚悟を決めたのかフゥっと。一息ついた。


「私は無名のまま終わりたくない。小さい頃からの夢だったんだ! 絶対に有名になってやる!! マネージャー、やってやるわ! お望み通りに寝てやるわよ!! そいつに連絡して『私が寝る』って言ってると」


 男は初めて笑顔を見せるとスーツのポケットからスマホを取り出し操作し始めた。


 それから2週間が経った頃である。

 テレビを点けると、女が画面一杯にアップで映っていた。




『さぁ。次の商品は高機能快眠枕。見てください、このピッタリ感。気持ち良さそうに眠ってますよ』



 ※※※※


 えぇ。枕営業と言いますか、枕のテレビショッピングに、その女性が映っていたのですよ。そして今年の夏には公開される大作映画のヒロインですから、今や押しも押されぬ若手女優の筆頭格です。


 テレビショッピングでの寝顔が可愛いとネット上でバズってから、一気に大きな仕事を掴んだシンデレラガールと呼ばれてますね。



『シンデレラ』

カクテル言葉は



『夢見る少女』



 マネージャーの言葉の魔法と自分を信じる心が、夢を現実へと変えさせたのでしょう。

 魔法が解けたとしても、今の彼女なら自分の力で何とか出来るでしょうね。

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