人ならざるモノとして

 その戦いは、神話として語り継がれるべきものだった。

「来るわよ蒼天の嵐打ちアクトマライト! 大丈夫! 当たりゃしないから!」

 雷光を自由自在に使いこなす有翼の美少女に。


「あははははははははっ! いいぞ林檎樹の守り手リカンオリア! 力ずくだ! 燃やし尽くすぞ!!」

 炎を無限に生み出すプレートアーマーの男。


 神話の舞台は、広々とした岩石地帯だ。


 そこは、ガリエルによって消し去られたあの町から南方へ二〇キロほど下った場所。真っ平らな岩の地面が、どこかリングを思わせた。


 岩ばかりの過酷な環境。動植物はほとんど息づいていない。

 一見すれば、野生に見放された貧しい土地でしかなかったが――神々が一騎打ちを行うには、おあつらえ向きの戦場と言えた。


「アッ――アアアアアッッ!!」


 上空から投げ付けられた光の槍を。

「くっははあ! 響くねぇ!」

 林檎樹の守り手リカンオリアの大盾がその身を削りながら受け止める。


 そしてガリエルの番だ。

 空中に幾つもの火球を生み出すと、それを戦鎚で叩いて回った。


 勢いよく飛んできた火球の群れ。

 真琴はそれを、「単調!」と華麗に踊ってかわしきる。

 それどころか、蒼天の嵐打ちアクトマライトの翼を上手く使って、火球の軌道を一八〇度ほど変えてやったりもした。


「へえ、なにそれ!? 上手いじゃん!」

 八つの火球が、産みの親に襲いかかり。

 だが、小さな火の玉なんぞにひるむ林檎樹の守り手リカンオリアではなかった。

 防御することさえなく、そのまま炎を受けてみせたのだ。


 まったくの無傷。わずかな焦げ跡さえ見当たらない。


「しっかしさぁ、ちょろちょろ鬱陶しいよねえ。リカン、お前もそう思うだろ?」


 林檎樹の守り手リカンオリアが得意とするのは、本来、接近戦だ。

 大盾を備えた左腕――一撃必滅のカウンターを当てるためには、相手が戦鎚の届く距離に入ってくれる必要があった。


 だと言うのに……空野真琴。空と大地、大地と空、あらゆる空間を三次元的に動き回って、ガリエルの手の届かぬ位置から的確に光槍の一撃を決めてくる。


 舞い踊るような一撃離脱ヒットアンドアウェイ

 天才の名にふさわしい美麗なる戦いぶりであった。


 だが――しかし、だ。

 林檎樹の守り手リカンオリアとて、れっきとした戦いの神。蒼天の嵐打ちアクトマライトのような、長距離から攻撃してくる意気地なしに対抗する手段がないわけではなかった。


「面倒かもしれないけど、あれ、やっちゃうか」


 林檎樹の守り手リカンオリアが生み出す炎の最大の特徴――それは、定まった形を持たぬこと。

 吹き上がる溶岩かと思えば。

 幾千の火矢にもなるし。

 巨大な爆発にも、火山弾のごとき火球にも姿を変える。


 そして次の瞬間だ。

 突然、ガリエルが。

「う、おおおおッッらああああああああああああああああああッ!!」

 巨大な戦鎚を空飛ぶ真琴めがけて投擲するという暴挙に及んだ。


「なによそれ。そんな攻撃当たるわけが――」

 当然、そんな博打が当たってくれるわけがない。


「まあ、見てなよ。今から面白いことになるからさぁ」

 ガリエルの意図は戦鎚を命中させることではなかった。


 最高のしたり顔とともに始まったのは。

「研ぎ澄ましてアマルタリカ。赤黒の繁縷はこべふるきハギオンも我が憤懣ふんまんに足踏んだ。空見れば、しょうしょうたる黄昏にやりぶすま揺れて――――」

 歌うような自由詩だ。


「ちょ――っ!? それ――は――」

 それは、空野真琴と蒼天の嵐打ちアクトマライトがまだ手に入れていない力だった。


 ――第二神性開放詠唱アルゴメディアン


 アイギスの潜在能力を全開放するための暗号めいた言の葉。

 長い歳月を生きて、確かな自我を手に入れたアイギスだけが悟るという魔法の呪文。


 空野真琴でさえ、二ヶ月間という時間では、蒼天の嵐打ちアクトマライト第二神性開放詠唱アルゴメディアンを引っぱり出すことができなかった。それほどのもの。

 熟達の戦神アイギスだけがその身に秘めたとっておき――正真正銘のジョーカーである。


燃え立つ赤果実ブレイジートーチカ、狂乱とうたけ」


 結びの一節が唱えられた刹那、上空に放り上げられた戦鎚から赤銅色の雲が湧き立った。

 あっという間に不気味な暗雲が空を覆い尽くす。


「なっ――!?」


 ガリエルが生み出したぶ厚い雲の内部で、いくつかの幾何学図形といくつもの象形文字がかわるがわる明滅したのを確認した真琴。

 すぐさま眼下の敵を見下ろし。

「ちぃっ――」

 林檎樹の守り手リカンオリアの形状が変わっていることに舌を打った。


 シンプルな造形だったはずのプレートアーマーが、揺らめく炎のように波打っていた。

 先ほどまで剥き出しだったはずの金髪が、フルフェイス型の大兜グレートヘルムに覆われていた。


 なにが起きるか察知したのだろう。空に響き渡った真琴の上擦り声。

「ごめん!! 痛いだろうけど、我慢して!!」


 そして――神の御業が発動した。


 降り注いだのは、雨ではない。

 数えきれぬ炎の槍だ。

 長さ二メートルにも及ぶ炎槍の群れが、大きく広がった雲から、一斉に飛び出してきたのである。


 大空の中央に突っ立っていた真琴は直撃を喰らうことになった。


「ぐっ――うぅぅうううううう――――っ」

 蒼天の嵐打ちアクトマライトの物理障壁を全開にして、ひたすら耐え続けるが、それも限界一歩手前。一瞬でも気を抜けば、すぐさま串刺しにされてしまうだろう。


 翼を模した蒼き結界に包まれている空野真琴。

 炎槍が突き刺さる度に、真琴を囲む翼型の結界から、光の羽根が飛び散っていった。


「マ、ジで……痛い、って……っ」


 飛翔する為の力をも防御に回しているせいで、高度をたもっていられない。


 ゆっくりと地面に落ちてきた真琴は。

「く……っ、そ……」

 炎の槍が降りそそぐ灼熱地獄の中、平然と仁王立ちしているガリエルを睨んだ。

 そして、「――っ」そのうえで勝機を悟る。


 ガリエルの仁王立ち。

 浅井秀介の立ち姿とは違って、隙だらけだったのだ。

 勝利を確信しているためか、慢心による油断がそこかしこに見ることができた。今ならばどんな攻撃も入れられそうだった。


 浅井くんなら上手くやるんだろうな……真似してみようかしら。


 翼型の力場――その影に隠れながら、槍を投げるような構えをつくる。


 狙ったタイミングは。

「だ、からぁ……痛い、ん、だってぇ……」

 炎の槍が途切れる瞬間だ。


 うんざりするほど降りそそいだ炎槍、その最後の一本をしのぎきった瞬間――真琴は、防御に使っていた全力をそのまま攻撃に変えた。


「――――っ」


 これまでのものとは比較にもならない巨大槍。

 さきにも、石突きにも翼を備えた雷光の大槍を。

「アアアアアアアアアアアアッ!!」

 ガリエルめがけて力一杯投げ付けた。


「マジかよ!?」


 虚をつかれたガリエルは、あわてて物理障壁を発生させるが、そんなもので止まる一撃ではない。

 赤銅色の結界などあっさりぶち抜いて、左腕の大盾にまで到達した。


 これまで蒼天の嵐打ちアクトマライトの槍を散々防いでくれた忌々しき大盾。

 しかし今回ばかりは、矛の方がわずかに強い。


 ――――


 林檎樹の守り手リカンオリア最大の特徴を撃ち砕いて見せた。


「決着よッ!!」


 翼を広げて一気に距離を詰めた真琴の手には、雷光の槍がもう一本だ。

 無敵の盾を失って無防備になったガリエルへと突貫する。


 しかし――である。


 絶大な貫通力を誇る光槍が赤銅色を貫くかと思われた刹那――真琴は脇腹に感じた軽い衝撃に動きを止めた。


 反射的に視線を下ろすと。

「――っ!?」

 どこから現れたのか、十歳にも満たない子供が真琴の身体にしがみついてる。


 ガリエルの仕業だと気付いた時には、もう遅い。


 轟音。


 役目を終えて高い空から落下してきた戦鎚に、思いっきり叩き潰された。

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