獣殺し

「ありがとう。た、助かった」


 給仕係の美少年からタオルと水差しを受け取ったセシリアは、石造りの花壇に腰かけると、冷えた水を喉に流し込んだ。いちいちコップには注がず、水差しに満たされていた水を一気飲みしたのである。


「はあ――はあ。生き返った……」

 濡れた唇を手の甲でぬぐい、汗の浮かぶ首にタオルを当てた。


「なんだ? あれくらいでバテたのか」

 そう笑った浅井秀介は、庭の中央。汗を拭きながら、やはり水差しに口を付けている。朝風に冷やされた裸の上半身からは、湯気が立ちのぼっていた。


 セシリアと少年。二人とも、異形の肉体に言葉をなくす。

 メイド少年にいたっては、手に持っていたお盆を落としかけるほど驚き、口を閉じるのを忘れてしまうほど呆然としていた。


「相変わらずすごいな」と呟いたのはセシリア。「巨人にだって、そんな身体をした奴はいない」


 秀介が、肩の柔軟――右肘を左手で抱え込みながら言った。


「なら筋トレが足りんのだろうな。筋肉こいつは、ないよりあった方がいい」

「そんなにぶ厚い身体で、動きにくくはないのか?」

「ないな。これは空手でつちかわれたものだ。空手の動きをする分に、余計な肉は一切ない」

「確かに。確かに速かった。私よりもずっと大きいくせに、私よりもずっと速かった」

「それ相応の地獄は見てきたからな。あの程度の動きができなけりゃ、割に合わんよ」

「どうして無手なんだ?」

「ん……? まあ、それはなぁ――ああ、すまんな」


 セシリアの疑問をはぐらかそうとした秀介。タイミングよく駆け寄ってきた美少年を、片膝をついて迎えた。


「あ、朝ご飯です……っ」


 おそるおそる差し出されたお盆に並ぶ朝食――蒸かした芋を潰したマッシュポテトのようなものを主菜に、ソテーにされた松茸似のキノコ、薄くスライスされた干し肉、野菜たっぷりのスープ――それを受け取ろうとして。


「――――ちっ」

 瞬間、秀介の右手が霞んだ。

 大量の汗を吸って重くなったタオルが、少年の目を叩く。


 ころもじゅつと呼ばれる空手の技だ。秀介は、体術だけでなく、こういった空手独特の武器術も心得ていた。

 突然の暴挙に反応できなかったセシリア。一時的に視力を失った少年のこめかみに、差し込むような軌道の掌底しょうていが打ち込まれた光景に、瞳孔を開いただけ。


 無惨に散らかった朝食。


 昏倒して顔から地面に突っ伏した少年。


「お前っ! なにを――っ!?」


 頭を掻きながら立ち上がった秀介にセシリアから抗議の声があがるが。

「聞きたいのはこっちだよ。見ろ」

 彼は、少年の右手に向けて顎をしゃくった。


 小さな手が握りしめていたのは――鋭いナイフ。食器としてお盆に乗っていたものだ。


「暗殺を喰らう覚えはないんだがな」


 そして空手家は、「……それにしても、だ。いきなり空気が変わったような気が……」なんでもないような目付きで空を仰いだ。

 地獄の奥底から這い上がってくるような低音域で、ポツリと呟く。


「なるほど……ふざけてやがるな……」


 朝の清々しさに満ちあふれていた大空に、不気味な発光現象が現れていたのだ。


 赤銅色のオーロラ。


 上空でたなびく赤銅色のカーテンを確認して、秀介はだいたいすべてを理解したらしい。

 目線を地面に戻すと、眉をひそめながら辺りを見回した。

「やれやれ……囲まれたな」


 すでにセシリアも事態を把握し、秀介に背中を預けるような格好で刀を構えている。


 知らぬ間に中庭に集まっていたのは、このホテルに従事する者たちだった。

 見習い扱いの給仕係からベテランの料理人、はてはデップリと太った支配人まで――老若男女、一〇〇人近い人間の群れが、秀介とセシリアを取り囲んでいた。


 瞳にはまったく生気がなく、まるで怪奇映画に出てくるゾンビのようだった。


 二人の武術家ににじり寄ってくる数の暴力。

 しかし秀介は取り乱すことなく、ペキリ――指を鳴らしてから、セシリアに問いかけた。


「わかるか? なにが起こったか」

林檎樹の守り手リカンオリアだ。十分に成長したアイギスなら、人の心さえも操れると聞いたことがある」

「なるほどな。だいたい想像通りか。あの手の人間相手に、なにも起こらないわけがないと思ってはいたがよ……朝っぱらから、趣味が悪い」

「いいのか? あのクソ外道、私たちをなぶり殺すつもりだ」

「それを高みの見物ってところか。気に喰わんな……お前さん、人を斬ったことは?」

「汚れ仕事はなんだってやってきた。今さらどうということもない」

「上等。なら、加勢はいらんな」


 秀介の言葉が終わった直後、突如として動き出した武術家二人。


 一人は凄まじい切れ味を誇る刀を振りかざし。

 一人はおそるべき破壊力を秘めた拳を、迫り来る人垣にぶつけた。


 吹き出す鮮血。

 飛び散る歯。


 しかし道は開かない。倒れ込んだ二人の隙間に、すぐさま別の人間が入り込んでくる。


 包丁を武器にした料理人――秀介は包丁を握る右の手首を手刀で叩き折ると、じんちゅう鳩尾みぞおちみょうじょうを一呼吸で突いた。

 正中線せいちゅうせんと呼ばれる人体のセンターラインに点在する急所。その内――三つ。

 ただでさえ脆い部分に秀介の突きを喰らって、常人が立っていられるわけがなかった。


 一方、セシリアの技も冴えわたっている。

「チィイイイイイイイイイイイイイッッ!!」

 秀介には通用しなかった脛払いの一振りで、男三人の脚・計六本を薙ぎ払ってみせた。


 相手を死に追いやる必殺の一撃。

 例え生き延びたとしても、今後の人生に多大な影響を及ぼす攻撃。


 だが、武術家たちには、たった一つの迷いもなかった。

 最適なタイミング、最高の角度で、最凶の技を振るい続ける。


 太った支配人が秀介に体当たりを仕掛けてきた。

 前屈立ちでそれを受け止めた秀介は。

「すまんが。こいつは痛いぞ」

 タックルを切った体勢のまま、脂肪の薄い両アバラにはさみきを入れた。


 その名の通り、両の拳で相手の胴体を挟み込むように突く技。

 秀介の拳は、支配人のアバラ骨を易々と砕き、内臓に重大な衝撃を与え、そのうえ粉砕した骨片で彼の体内をズタズタに切り裂いた。


「邪魔だ――」

 意識を失った支配人を地面に叩き付けると同時、秀介は跳んだ。


「ヂィィッ!!」

 前方の人垣に飛び蹴りをかまし、むりやり道を切り開く。


 視界が開けた。

 ふと隣を見やれば、セシリアも無事に暴徒の群れを抜けたようだ。刀からしたたり落ちる大量の血液を見るに、かなりの数、切り捨てたらしい。


「走るぞ」

 秀介がそう呟いたとき、すでに二人は、中庭の出口に向かって前のめりになっていた。


 エントランスに入り、閉め切られた木製の大扉へと一直線。

 その刹那――「どいてろ」


 秀介の身体が一気に再加速した。

 抜群の運動バランスと圧倒的瞬発力が生み出す破壊力。

 薄汚れた素足が石畳を蹴った瞬間、一〇〇キロを超える巨体がじょうついへと姿を変えた。


 巨大な丸太が城門を砕き割るように。

「おうっ!!」

 秀介の飛び膝蹴りが大扉をぶち抜いた。


 飛び散った木片とともに着地したその場所は、すでに大通りだ。


 ――そして、やはりというべきか――


「ふん……」

 口端を軽く持ち上げて、仁王立ちの浅井秀介。


「はあ、はあ。なんて馬鹿げた技だ――――はぁああ!?」

 ようやく追いついてきたセシリアが、いきなり目の前に広がった光景に声を上げた。


 意思なき人々――ゾンビの大群が、目抜き通りを埋め尽くしていたのである。

 一〇〇〇を超える虚ろな視線に突き刺され、「く……っ」と、たじろいだ女剣士。


 秀介はそんな彼女を一笑に付した。

「ビビるなよ。こんなの、パニックホラーじゃあ予想の範疇だろう?」


 空には已然、赤銅色のオーロラがある。

 あれをどうにかする術など秀介は知らなかった。


 セシリアが「どうするつもりだ?」と不安げな表情で聞いてきたから、「できることをやるつもりさ」と苦笑しながら拳を握った。


「数が数だ。全員は無理だが、退路を開くことぐらいは、な。こわいか? 剣術師ソードマスター

「ああ。脚が震えてきた」


 秀介が一歩踏み出した。


「ははっ。笑わせてくれる。神に復讐しようって女が、この程度の有象無象におびえるか」

「だがこの数は……」

「戦場を掻き回してくれる奴がいれば楽なんだがな。一騎当千というか、狂戦士バーサーカーというか。それこそ、空野が戻ってきてくれりゃあ」

「真琴か……とっくに気付いているとは思うけど――」

「まあ、この場にいない奴をアテにしても不毛なだけだ。俺はいつも通り、俺の実力を信じるさ」

「……強いな……」

「たいしたことじゃない。想定してきた逆境が、こんなもんじゃないってだけだ」


 そして、ゾンビの群れの只中に飛び込もうとしたところで、なにかを察知した空手家。

「――新手か」

 大通りの中央に飛びかかってきたそいつの出現に足を止めた。


 響き渡る獣の咆吼。

 意思なき町人たちを足蹴にして現れたのは、人工物が立ち並ぶこの地には不似合いな巨獣であった。密林の奥底に潜んでいそうな野生の塊であった。


 体長四メートル超の四足獣。

 しなやかそうな胴体は地球のトラに似ていたが、そんな胴体から伸びる四肢は丸太のように太く、パワー重視の造りだった。


 シベリアトラとホッキョクグマの合いの子とでもいえばわかりやすいだろうか。

 全身を銀の体毛につつみ、こめかみからは獲物を串刺しにするための角が伸びている。ワニのごとき長く太い尻尾も凶悪だ。


 角・牙・爪・尾。

 およそ野生が持ちうる武器のほとんどを搭載した怪物を、セシリアは知っていた。


罠砕きの獣バンバビール!?」

「ったく。このゴチャゴチャした獣もあの男の仕業かよ。ご苦労なこった」

林檎樹の守り手リカンオリア……まさか〝喧噪する森〟の獣さえも支配下に置くほど、成長しているというのか。あの忌み地に息づく猛獣どもさえ」

「支配、ね……どう見ても、暴走してるようにしか見えんが」


 突如として出現した罠砕きの獣バンバビール。巨大な獣は秀介とセシリアには目もくれず、手近にいた町人たちを太い前腕と鋭い爪で薙ぎ払った。

 唸りを上げながら、町人を食い荒らし始める。 


 操られている民衆は、罠砕きのバンバビールの為すがまま。逃げることも、闘うこともなく、おそれることもなく、ただただ荒れ狂う野生に虐殺されていくだけだった。


 秀介とセシリアは、獣の意識が届かない安全圏まで移動し、次々と数を減らしていく町人たちを眺めて言った。


「ははっ。なんだかよくわからんが、こいつは好都合だ」

「よかった。門を叩いただけだったのか」

「おう? 門を叩く、だと?」

「アイギスが持つ能力ちからの一つだ。任意の存在を召喚する――もともと装着者の選定に使われる力らしいが、真琴とお前を連れてきた最果ての獣もあれで呼び出されたはず」

「ほう。人を操ったり、バリア張ったり。今度は召喚術かよ。至れり尽くせり、だな」

「制限があるとは聞いたことがあるが……最果ての獣みたいな格上になってくると、相手が応えてくれないと呼び出せないとか。よくは知らないけど」

「そういや、空野の奴も、呼び出す方法がないって言っていたな。しかし便利な能力だ。召喚術に関してだけは、羨ましいぜ」

「歳を得たアイギスなら、門で呼び出したドラゴンさえも操れるというしな」

「違う。あれがあれば、飢えた時に獲物を目の前に持ってこれるだろ? わざわざ探す手間がはぶけるってもんだ」

「……お前、腹でしかモノを考えないのか……」

「ただの冗談だ。呆れてくれるな。おら、バンバなんとかがこっち向いたぞ」


 周りにいた町人たちをあらかた殺し尽くした罠砕きの獣バンバビールが、ついに秀介とセシリアに牙を剥いた。

 少し離れていた二人に、角を向けたのである。

 ゴルルルルルルルルルルルルル――と喉を鳴らし、低く低く、限りなく低く身を構える。


「俺が引き付けよう。隙をつくるから、叩き斬ってくれ」

 巨獣の突撃体勢にも、秀介はやはり自然体だった。


「やれやれ。こんなのと闘り合うハメになるとはな。空手も進化したもんだ。松村先生も想像しなかったろうな」

「マツムラ?」

松村宗棍まつむらそうこん、昔々の空手家先生だ」

「忘れていないとは思うけど、敵は、罠砕きの獣バンバビールだけじゃないからな」

「知ってるよ。ああ、そうだった。一つだけ教えてくれ。こいつドラゴンよりは?」

「比べるべくもない。私も子供なら斬ったことがある」

「なるほど。人が勝てる動物なら、俺が勝てない道理はないな――」


 秀介の目が、罠砕きの獣バンバビールと同じ、猛獣のものと化す。

 心の最奥に闘争本能をひそめたまま、秀介の感情・神経・筋肉が静まりかえった。まるで封印された地底湖の湖面のように、波の一つも立つことはない。


 刀を構えたセシリアが一歩下がったのが――合図。

 咆吼とともに、罠砕きの獣バンバビールが風をぶち抜いた。

「――」


 迫り来る角を入り身でかわした秀介が、次の瞬間立っていたのは、罠砕きの獣バンバビールの左後ろ脚を蹴れる位置。

「シィヤっ!!」

 強烈な中段回し蹴りを叩き込んだ。

 電柱すらも砕きかねない破壊力に罠砕きのバンバビールが啼いた。


 そして秀介は「チっ」そのまま後ろ蹴り。

 背後から襲いかかってきていた意思なき女の腹を蹴り抜いた。

 完全に衝撃が貫通したのだろう。胃を破られた女はその場で崩れ落ち、二度と起きあがることはなかった。


 即座に、秀介の意識が再び罠砕きの獣バンバビールに向く。

ァッ!!」

 中指を浮かせた中高一本拳で大きな横腹を突いてみれば――柔らかい内臓をえぐった感触が、中指の第二関節に残った。


 ――なんだ、十分いけるな。


 局部的な苦痛にもがいた罠砕きの獣バンバビールは、尻尾を振って、秀介を薙ぎ飛ばそうとする。


 真横から飛んできた筋肉の鞭。

 速度・しなり・重さ、その三つを兼ね備えたおそるべき一撃を、秀介はかわさなかった。


 騎馬立ち――左右に開いた足でしっかりと地面を踏みしめ。

 高い激突音。

 鋼鉄並の強度を誇る長い尾を、秀介のもろけがしっかりと受け止めた。


 受け手となる腕をもう一方の手が支えることで鉄壁と化す諸手受け。秀介は、かけ離れた体重差を克服するため、受けの瞬間、重心移動さえも行っていた。

 だから飛ばされない。その場で踏ん張ることができた。


「――ようやく剥き出しになってくれたな」

 跳ね上がった尻尾の付け根に見えた睾丸こうがんらしき膨らみに、ニィッと笑う。


「フンッ」

 爪先を立てた右の蹴上けあげで、罠砕きの獣バンバビールの金的を突き刺した。


 瞬間、全身の毛を逆立たせて、完全に硬直してしまった巨大な四足獣。


「シィイイイイイイイイイイイイイイッッ!!」

 飛び込んできたセシリアが、罠砕きの獣バンバビールの首に刀を落とした。

 ドラゴンの牙から造られたという鋭い刃が、なんの抵抗もなくぶ厚い肉を裂き、太い頸椎を割り、角付きの頭部を空中に飛ばした。


「おう。凄まじい切れ味だな」

 崩れる罠砕きの獣バンバビールを視界の端に入れながら、老人の顔面に裏拳を入れた秀介。


「お前の方こそ。本当に人間か? 素手で罠砕きの獣バンバビールを圧倒するなん――後ろっ!!」


「――――う、おッ!!」

 セシリアの上擦った叫びに振り向くと、不潔そうな黄色い牙がすぐ目の前に迫っていた。

 罠砕きの獣バンバビールは、もう一匹いたのだ。

 人間の警戒心がもっとも薄い死角――後方頭上から秀介に飛び掛かっていたのである。


 ――まずい。気が付かなかったな。

 ――普通、大型肉食獣つったら単独行動だろ。なんで二匹?

 ――絶体絶命だな。

 ――近すぎる。回避は間に合わんか。

 ――組み付かれたら、死ぬな。

 ――どうすればいい? 上段受け? 腕ごと持っていかれるか。


 秀介の思考が目まぐるしく動き、事態打開の策を練ろうとする。

 しかし。

嗚呼アアぁあああああああああああっ!!」

 しかし秀介の五体は脳からの指示を待つことなく、すでに始動していた。


 反射的に繰り出したぬき

 ザクリという乾いた音とともに。

 まっすぐに伸ばした四指が、罠砕きの獣バンバビールの喉に深く深く突き刺さった。


 ぬき

 拳以上に時間をかけて練り上げられた空手家の奥の手。

 打突部位さえ選べば、一撃必殺となり得る絶対兵器。

 罠砕きの獣バンバビールさえも、秀介のぬきには、即死を余儀なくされた。


「……ははは……っ」

 大型獣の突進をまともに受け止めたため、弓なりに反り返っている秀介。脊柱起立筋に大きなストレスを覚えながらも、彼は、怪物の絶命に笑みをこぼした。

 太い首から指を引き抜けば、指の付け根までぐっしょり血に染まっている。


「結構やるもんだな、俺も」

 棍棒を持った青年の顔面に横蹴りを入れながら、嬉しそうに言った。


 ここで辺りを見回せば……死屍累々の大通りの中に、異質な巨大獣の死体が二つ。


 罠砕きの獣バンバビールの返り血で真っ赤になったセシリアが言った。

「驚いた。カラテとはあんなこともできるんだな。指は、折れてないのか?」

「鍛えてるからな。それより……バンバなんとかがつくってくれたチャンスだぞ?」


 いまだ大通りは操り人形でごった返している。

 しかし、二人の武術家の目には、群衆の中に入った亀裂が見えていた。

 罠砕きの獣バンバビールが大暴れしたために、町人の密集が薄い箇所が生まれていたのである。そこに全戦力を注ぎ込めば、この通りを抜けられるだろう。


「はあ――」

 秀介の深呼吸。

 怪物との二連戦によって疲労した精神と肉体を、深い呼吸によってむりやり復調させる。


「行けるかよ? 剣術師ソードマスター

「ああ。大丈夫だ」


 そして二人して駆け出そうとした瞬間――突然聞こえてきた拍手の音に動きを止めた。

 人形のような人々たちの中から聞こえた、一人分の拍手である。


「すごいなぁ。せっかく獣を放ったのに、二匹とも殺されちゃうとはね♪」

 人垣から現れたのは赤銅色。


「しかも素手で、だ。蒼天の嵐打ちアクトマライトの装着者と一緒にいた男だよね?お前も、異世界人?」


 今回の大騒動の元凶である、林檎樹の守り手リカンオリアの装着者。

 セシリアの故郷を焼き払い、彼女に復讐を誓わせた金髪男。

 

「不気味な身体してるし、興味が湧いたよ。名前を聞いてやる」


 秀介は、金髪男の不遜な態度に苦笑を向け、怖じ気付くことなく言った。


「地球式の礼儀を教えてやろうか? 名前を問うときは、自分から名乗るものだぜ」

「あぁん――?」


 金髪男は一瞬鬼のような形相をつくったが、すぐさま微笑み直し、「ガリエル=アーカム=メルキスタだ」と。


 赤銅色のプレートアーマーに身を包む優男――そんな邪悪な存在を見つめながら、秀介はいつも以上に低い声で応えた。


「浅井、秀介」

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