赤き炎神と青き雷神

「きっさあぁまああああああああああああああああああああッッ!!」


 秀介が名乗りをあげた直後だった。

 セシリアが、プレートアーマー姿の金髪男――ガリエルに斬り掛かったのは。


「あっ、おい待て!」

 秀介の静止もわずかに間に合わない。

 あまりにも突然走り出されたため、はためくマフラーを掴みきれなかったのである。


「どうなっても知らんぞ……」

 そう眉をひそめながら、全力疾走の背中を見送った。


 憎きガリエルの姿に我を忘れているセシリアは、大きく跳躍。

 剣術家とは思えないほどのオーバーアクションで、大上段から刀を振り下ろした。

 体重・突進速度・落下力・刀の重さ・腕力。

 それらすべてが合わさった、おそらく、セシリアが持つ最大威力の一撃だ。


「死ぃねえええええええええええええええええええええええええ!!」

 切れ味鋭い刃とともに、ありったけの殺気をガリエルにぶつけた。


 しかし、林檎樹の守り手リカンオリアに守られた金髪男は、事も無げな顔付きで呟く。

「うぜえ」

 天から降ってきた白刃をやはり物理障壁で防ぎ、大盾と一体化した左腕を振った。


 あっけなく吹き飛ばされる細身の女剣士。

 空中を走り、意思のなき人々の群れに突っ込んだ。


 そのまま町人たちに嬲り殺されるのかと思ったが、違う。

 林檎樹の守り手リカンオリアの支配下に置かれた彼らは今、蝋人形ごとくその場で固まっていた。自らの意思で動くことは一切ない。


 ガシャリ、ガシャリ

 金属同士がぶつかる音が、横向きに倒れているセシリアに歩み寄った。


「お前さぁ、いいかげん諦めたら? どんなにボクを恨んだって、どうにもならないこともあるだろ?」


 そしてガリエルは、「ムカつくぐらいに弱ぇくせにさぁ!」倒れたままのセシリア――その腹を思いきり蹴り上げた。


 線の細い少女ではその衝撃に耐えることができず、「がはッ!」と鳴くしかない。


「そんなナマクラでボクに傷を付けるつもりかよ!? 竜の牙を磨いただぁ!? それがどうした!? 竜なんざ雑魚、ボクの相手になりゃあしねぇんだよ!」


 まるでサッカーボールでも扱うような乱暴さで、薄幸の美少女を蹴り続ける。

 何度も何度も。

 何度も何度も。

 セシリアが身を丸くしたら。

「その浅はかさ、むかつくなあ! マジむかつく! 死んでしまえばいい!」

 ちぢこまった身体を本気で踏み付けた。


 崩壊寸前まできしんだ身体。

 セシリアはもう動けなかった。


「アイギスを殺せるのはアイギスだけだ! 悔しけりゃあ、ボクを殺したけりゃあ、お前もどっかのアイギスに拾ってもらえ!」

 意識朦朧となったセシリアの腕を引っぱり上げたガリエル。

 拳を握り、だらりと垂れ下がった胴体を思いきりぶん殴った。


「やってみればいい。お前みたいな小汚い女が、装着者になれるわけないけどねぇ。何が恨みだ。何が復讐だ。細かいことをグダグダといつまでもさぁ!」


 胃液を吐き出してしまったセシリアを、ガリエルは笑った。

 土埃にまみれ、痣だらけになった細い女の身体を、ガリエルは笑った。


 そして。

「ずいぶんな下手くそな拳だな。空野の方が、よほどキレがいい」

 目を背けたくなるような暴力に、秀介が声をかけると。

「……あぁん?」

 セシリアを投げ捨て、秀介にふり返った。


「お前も興を削ぐ奴だなぁ。文句あんの? それとも、この雑巾女を助けたつもり?」

「助けただと? そう見えたんなら、訂正を願い出たいところだな。怒りに任せて、勝手に自滅した馬鹿者だ。それでぶっ殺されようが、俺の知ったことじゃない」

「――あ……あっはははははっ。面白いことを言う。仲間じゃなかったのかよ?」

「その女とは一昨日知り合ったばかりでね。さっきの戦いも、目的が同じだったから、共闘しただけに過ぎん。残念だが……そんなに思い入れはないな」

「あはっ。あはははははは。あはははははははははははははははっ。ひどい男だな、お前」

「なに。お前さんほどじゃないさ」


 ズチャリ


 ガシャリ


 口元に笑みを浮かべた秀介とガリエルが、お互いに歩み寄った。


「お前、ずっと一人で生きてきただろう? ボクもそうだったからよくわかる。お前からはボクと同じ匂いがする。孤独を好む、王の匂いだ」

「一人っきりの王様か……なかなか詩人だな。言っとくが、俺のはそんな大層なものじゃないぞ? 生まれ付き人付き合いが苦手なだけ。それだけだ」

「でも、一人だったからこそ、強くなれた。罠砕きの獣バンバビールを一撃で殺せるほどに。そうだろ?」

「武術ってものはそういうものだからな。禅の道と同じだよ」

「なるほどね。よくわからないけど……お前は、気に入ったよ」

「そうか」

「神に気に入られたんだ。思う存分誇っていいぞ?」

「そうか。俺は、お前のことが気に食わんがな。セシリアをいたぶってた時の声……少しは落ち着いたらどうだ? 幼稚すぎて、聞いちゃいられねえよ」

「……へえ」


 予想もしていなかった秀介の反応に、ガリエルは顔色を変えた。


「へえ。ボクに喧嘩を売る気なんだ。無敵の戦神たる、このボクに」

「はははっ。なかなか面白いことを言ってくれる。戦いの神ってのは、その鎧だろう? 中身風情がいい気になるなよ」


 ガリエルを挑発し続ける秀介。

 短気な装着者は、たまらず腰にさげた戦鎚に手を伸ばした。


「口を慎め。ボクは選ばれた人間だ。特別なんだよ」

「運良く転がり込んできた力程度で満足しているお前が特別だと? 悪い冗談だぜ」

「……貴様……ぁっ」

「その鎧を造ったのは誰だ? 俺にとっちゃ、そいつの方が、よっぽど神様に思えるがね」

「………………」

「どうした? なにか言ってくれよ、神様」

「………………もういい。結局お前も、つまらない人間だったな」


 巨大な戦鎚が高く高く掲げられる。


 と同時に、「――おう」秀介も構えを取った。


 四股立ちになるほど大きく広げたスタンス。右拳を脇腹まで持ち上げ、左手は照準を合わせるがごとく手前に持ってくる。


 典型的な正拳逆突きの構えだった。

 一撃の威力はあるだろうが、後に続く技が限られてくる。

 不退転の構えともいえた。


 ガリエルが怒りに震えながら言った。

「わかった。いいよ。罠砕きの獣バンバビールを屠ったお前の力、ボクにぶつけることを許してやろう。その後で、跡形もなく潰してやる」

「ほう。俺の拳を、受けてくれるのか?」

「どうせ林檎樹の守り手リカンオリアに効くわけがないし。せいぜい自分の無力を呪いながら逝くんだね。後悔する暇があるかどうかは、知らないけどさ」


 そして静寂。


 二人ともまったく動かない。


 ガリエルと林檎樹の守り手リカンオリアは、秀介の攻撃を待っているだけだ。

 膠着状態をつくっているのは、攻撃権を与えられた空手家の方だった。軽くうつむいて、ガリエルから目を逸らしている。


「あはっ♪ まさかお前、ビビちゃってるのかよ――」

 動かない秀介を嘲ろうとしたガリエルの身体が。

「はあ――?」

 次の瞬間、軽い衝撃にグラついた。


 林檎樹の守り手リカンオリアの物理障壁を作動させたのは、横から走り込んできたセシリアの刺突だ。


「き、貴様だけは……ぁ」

 ボロボロの身体を引きずって、最後の一撃を喰らわせたのである。


 だが、やはりというべきか。

 やはりセシリアの攻撃は、アイギスには通じず

「こんのクソアマがぁああああああああああああああああああ!!」

 顔面に裏拳を喰らって派手に吹き飛んだ。


 頭から地面に落ちる。

「やれやれ。手間かけさせてくれる――っ」

 走り込んだ秀介が受け止めてくれなければ、首の骨を折っていたかもしれない。


 そして、激情に我を忘れたガリエルが。

「雑魚のくせに邪魔ばっかりしやがってよぉ! いい加減くたばれやああああっ!!」

 戦鎚を地面に叩き付けた。


 勢いよく吹き上がる炎。

 大量の炎は、空中で幾千もの矢へと姿を変え、三六〇度全方位に飛び散った。


 通りを埋め尽くしていた意思なき人々を貫き。

 周囲の建物をぶち抜き。

 当然、炎の矢は、秀介とセシリアにも飛んでくる。


 これは逃げきれんな――そう観念した秀介は、立てないセシリアを背後に置き、その場で自然体を取った。


 迫り来る炎の矢を回し受けで払い落とすと。

 続いて、中段内受け。

 続いて、手刀受け。

 続いて、下段受け。

 太い腕を鞭のようにしならせながら、ガリエルの無差別攻撃を払い続けた。


 だが――二本の腕だけでは全然足りない。

 戦神が創り出した炎の矢衾、七割は叩き落としたが、三割は身体で受けた。


「ぐ、ぅ……っ!!」


 急所は外している。しかし神なる業の前では、人間の耐久力などたかが知れていた。

 堅牢を誇ったはずの筋肉の要塞。

 今は、ブスブスと煙を上げながら、血にまみれている。

 ことさら損傷が目立つのが、炎の矢を受け続けた前腕だ。焼けただれた皮膚に、大量の汁が滲んでいた。


 厄介だな……内臓を焼かれたか。

 致命傷に近いダメージに、秀介は呼吸するのが精一杯だった。

 ここまでやられて、それでも膝をつかないのは、空手家としての意地があるからだろうか。


「お前さあ、ほんとに人間? ふつー今ので死ぬだろ?」


 巨大な戦鎚をガラガラと引きずって近づいてくるガリエルに、秀介が言った。

「……やってくれたな……」

 吐息の混じった、蚊の鳴くような声だった。


「俺はまだ……お前を殴ってないぞ……」

「黙れ。もううんざりだ。お前も、お前の後ろでぶっ倒れてる雑巾女も。なにもかもがボクをイラつかせる。こいつで叩いて、すべて終わりにしてやるよ」

「……短気な奴だ……殴られるのも、待てないかよ……」

「骨さえ残さない。お前らを消し飛ばした後は……そうだな……蒼天の嵐打ちアクトマライトの装着者でも嬲って遊ぶさ。このイラつきが収まるまで、あの女を弄んでやる」

「そうか……そりゃあ、悪い知らせだ」

「この世界に来たこと、生まれてきたことさえ後悔するほど、ヒィヒィ言わせてやる」


 そしてガリエルは、左肩に担ぐようにして戦鎚を構えた。

 炎の矢でもあの威力だったのだ。鎚の直撃を喰らえば、確かに骨ごと蒸発してしまうだろう。空手の受けがどうこうという問題ではない。


 そして。

 刹那――三つの存在が動いた。


 赤銅色の大鎚が空気を押し潰しながら動き出し。


 秀介の右手が何者も認識できぬほどの速度で霞み。


 天空からは一筋の閃光。


 破滅をもたらすはずだった戦鎚を止めたのは。

「ようやく来たかよ」

 秀介とガリエルの間に撃ち込まれた蒼光の槍であった。


 揃って空を仰げば……翼を広げた天使が、逆光の中にいた。


「空野真琴」

 強力な助っ人の登場に、秀介は小さく笑い。


 一方のガリエルは、「あぁん? 起きろ林檎樹の守り手リカンオリア。なに寝てやがんだよ?」と、突如として意識を失ってしまったおのが鎧を叩き起こしていた。


「むかつくなあ。あの女の攻撃か? こんな槍が、お前の気を飛ばしたのか?」


 地面に突き刺さったままの光の槍を、戦鎚で薙ぎ払う。

 ガラスが割れるような高い音とともに、槍が砕け散った。蒼い光が四散した。


 ――――――


 そして、秀介とガリエルの間に割り込むように、空野真琴と蒼天の嵐打ちアクトマライトが降臨する。


 血みどろの地面に足を着けたのと同時――満身創痍の秀介とセシリアを一瞥し、眉一つ動かすことなく。

「ごめんなさい。遅くなっちゃったわね」

 そう静かに詫びた。


「あっはははははは。すごいすごい! なんて美しいんだお前は!」


 ガリエルが笑ってしまったのも仕方がないこと。

 戦乙女の真顔。

 ただでさえとんでもない美貌が、戦いの覚悟と凛々しさに輝いていた。


 二ヶ月前の空野真琴では……美貌と天賦の才能を兼ね備えただけの女子高生では……こんな表情は無理だっただろう。


 実戦を経験し、恐怖を乗り越え、確固たる信念を得た女だけが醸し出せる余裕と嬌艶。


 アテナ。

 アルテミス。

 フレイヤ。

 ブリュンヒルド。

 モリガン。

 摩利支天。

 ドゥルガー。

 竜吉公主。


 数多の神話を彩った戦いの女神たち。真琴は今、彼女たちと同じ顔をしていた。


「ソラノ・マコト、だっけ? どうやらドラゴンは倒されちゃったようだね」

「………………答えなさい。これは、どういうこと?」

「ボクでさえ一手間かかるドラゴンを五匹も呼び出した。正直、もう少し時間がかかると思っていたけど……ほんとに新米かい?」

「……どういうことなのよ? たかが神の力を得ただけの人間が、人の心までも支配するなんて。この町を心のない人形で埋め尽くすなんて」

「生まれ変わりというのがあるなら、お前みたいな奴のことを言うんだろうね。五〇年前に暗雲に座す者ガヴァルガヴァナと刺し違えた翼の聖女。アイギスの名は……空届きの嵐見アクトエメリカだったかな」

「答えなさい!! どういうつもりだって聞いてるの!?」


 真琴の叫びと同時、蒼き電光が走った。


 目の前を横切った鋭い光に、「あはっ、あははっ」ガリエルは二歩後退あとずさる。


 見れば、蒼天の嵐打ちアクトマライトが翼を展開し、バチバチと鳴り散る蒼光を大気中に送り込んでいた。神なる鎧から放たれる大量の力が、空に吸い込まれていく。


 秀介・セシリア・ガリエルの三者で、新たな異変に最初に気付いたのは、もっとも野性的な勘を残していた秀介だった。


 はるか頭上に重たいものを感じ、視線を持ち上げたのである。

 次いだのは、知識としてなにが起きようとしているか知っていたガリエル。

 セシリアは動かない。瀕死の彼女に、新たな事態に対応する余裕などあるわけがなかった。


「へえ。口を開く気なんだ。かわいい顔して、容赦がないね」


 異変は、赤銅色のオーロラが踊る青空、さらにその上空で始まった。


 セルリアンブルーのキャンバス――高度一〇〇〇メートル。

 そこに、直径二キロメートルに及ぶ魔法陣が浮かび上がったのだ。

 まるで蜃気楼のように、蒼の幾何学図形が姿を見せたのだ。


 嘲笑混じりのガリエルの言葉。

「最高の気分だろう? これから町中の人間が死ぬ。町ごと死に絶えるんだ。お前の力で」


 真琴が天を指差しながら言った。

「最高……? なにも感じないわ……だって、この町は、すでに死んでいるんだもの。心を奪われた人間は、その身が朽ちるまでアイギスの傀儡を続けるしかない……そんなことを、あたしが知らないとでも?」

「命だけは残ってるさ。心は、林檎樹の守り手リカンオリアが縛り潰したけどね」

「だから――だから今っ、その命をあるべき場所に帰すのよ! 蒼天の嵐打ちアクトマライト!!」


 突風が吹いた。


 風はやがて嵐へと姿を変え、渦を巻き、幾つもの巨大な竜巻へと変化する。

 天まで届くほどの高さを持った竜巻であった。


 激しい螺旋が、町ごと魂なき人々を空へと持ち上げる。


 竜巻に巻き込まれ、上空に飛ばされた物体はすべて、魔法陣の中に消えていった。


 赤銅色のオーロラさえも吸い込まれていく様子に、「あは、あはははっ。いい食いっぷりだ」とガリエルは笑う。


 その瞬間に――激音が響いた。

 ガリエルが吹き荒れる風に金髪をなびかせながら、戦鎚の柄で、空野真琴の槍の一撃を受け止めたのである。


「そんなにボクが憎いかなぁ。まったく迷いがない」


 電光が形を為した光の槍と、赤銅色の鉄塊の押しくらべが始まった。


 林檎樹の守り手リカンオリアの全身から炎が吹き上がり。

 蒼天の嵐打ちアクトマライトの翼が、バチバチと大量の電気を放出する。


「楽しかったかしら!? あたしが守った町を、こんなにグチャグチャにして!」

「そうだねぇ! お前みたいな女が守り抜いたものを徹底的に蹂躙する! これよりステキなことが、この世にあるもんか!」

蒼天の嵐打ちアクトマライトに口を開かせたのも、あなたの目論見だったわけ!?」

「当然!! 心を殺された哀れな人間どもの末路――お優しい装着者様がどんな決断を下すか、見てみたくてね! まっさか即決で全殺しされるとは思ってなかったけどさあ!」


 そして二人の現人神が走り始めた。


 何度も何度も、互いの武器を結び合う。

 激突音とともに放たれる稲妻と炎に、空気が震えた。


「二晩かけて、どんなことをしてやろうか考えたんだけど、無駄だったかな!?」

「いいえぇ! ここまで趣向を凝らしてくれて、ありがたいですわ!こんなにぶちキレたの、初めてですしねえ!! 頭ん中が真っ白よ!」


 真琴とガリエルが戦っている間も、竜巻は休むことなく人々を空に送り続けていた。


「……つまらんな……」

 力なく立ちすくむ秀介。真琴が創り出した竜巻になにか思い付いたらしく、ポツリと呟いた。


「……これが真相か……つまらんな……」


 真琴の呼び出した竜巻は、一見、無秩序に町を蹂躙しているように見える。だがその実、林檎樹の守り手リカンオリアに操られている人間を選定し渦に巻き込んでいるのであった。

 たった今、大通りに入り込んできた大型の竜巻。それが秀介とセシリアを避けていったのが証拠だ。


 浮き上がりそうなほどの暴風にあおられながら、秀介は次々と天に昇っていく人々を見上げた。竜巻の頂点、その向こうに見える魔法陣を睨んだ。


 秀介が理解したのは、彼が二ヶ月を過ごした集落が無人だったその理由だ。


 他者の精神を支配する力。

 他者の命を吸い上げる力。


 アイギスに備わった悪魔のような力。単なる鉄の造形物が意識と命を得ることに成功している理由が、これらの能力のおかげであろうことは、容易に推測できた。

 きっとあの集落に暮らしていた人々は、一人残らず蒼天の嵐打ちアクトマライトの贄となったのだろう。


 その直後に空野真琴が呼び出されたのだ。


 ……まあ、空野の性格からして……今まで使うことはなかったんだろうがな……。

 やがて竜巻が一つ消え、二つ消え――それは、この町の全住民が、あの魔法陣の中に吸い込まれたことを意味していた。


 赤銅色のオーロラも消え失せ、空の景色は爽やかな朝模様に戻っている。


「いい加減答えなさい! あたしが嫌がることをして、あなたになんの得があるっていうのよ!?」

「ないねぇ! 得なんて、あるわけないだろう!」

「だったらどうして!?」

「単なる暇潰し! 女なんかに説教されてむかついた! お前の心を傷つけたかった!」

「たっ、たかが、そんな理由でぇえ!!」


 嵐が過ぎ去った後の異様な静けさの中、いまだに吹き上がり続ける炎と雷光。


 この瓦礫の町には、もはや四人しか人間はいない。


 バックステップを踏んだ真琴は、手にした光槍をガリエルめがけて投げ付けた。


 林檎樹の守り手リカンオリアの左腕の大盾がそれを受け止め――しかし。

「あっ、あれっ、あれっ? なんだこれ。止まらな――」

 最強の矛はそう簡単には止まらない。

 最硬の盾を貫通させるまでには至らなかったものの、ガリエルをむりやり押し飛ばした。


 その隙だ。

 真琴は秀介とセシリアの手を取り、空に舞い上がった。


 蒼天の嵐打ちアクトマライトの翼が展開し。

 キィィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイ――

 といういつもの高い音。


「なんだよ。せっかく面白くなってきたのに。これで終わり?」


 逆光に目を細めたガリエルに向かって、真琴が言う。

「終わりじゃないわ。この程度で、終わらせてあげるわけがないでしょう?」

 まるで断罪を司る天使のような冷たい口調。

「本気で戦いたいから、この二人を安全な所へ連れて行くだけよ。少し待ってなさい。きちんと殺しきってあげるから」


 まるで氷の女王のような冷たい視線。


 ぶら下がっている秀介は、本気で激怒している真琴に対し……もはや女子高生のキレ方じゃねえな、と力なく苦笑した。


「あはははははっ! あはっ! きゃはははははははははははっ!! 殺しきってあげる、かぁ――」


 上から目線の言葉に、ガリエルが狂ったように笑い始める。


 腹を押さえ、白目を剥きながら。

「いいだろおおおおおおおおおお!! やってみやがれええええええええええええええええええええええええええ!!」

 思い切り戦鎚を地に叩き付けた。


 と同時に、真琴は急上昇。

 超上空で直角に進路を変える。

 慣性などまるで無視したむちゃくちゃな飛び方に、「だから、それはやめ――っ」息を詰まらせた秀介ではあったが、視界の端ではしっかりと捉えていた。


 山麓に築かれた大都市の最期の姿を、だ。


 それは炎の山が現れたような大爆発。

 膨張する橙色にすべてが呑み込まれていくデタラメな光景だった。

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