第12話 早朝


 魔法を掴んだその瞬間に木の根が燃え尽きて灰となった。驚愕するカグヤは大きく後退る。残り火と灰にまみれた草原を己の足で踏みしめアラタは――


 何というか、ぼやけていた意識が一気に覚醒したかのような、とても清々しい気分がした。


 山間に朝日が見えた。気持ちのいい朝だ。


「もし――」


 アラタは呟くように言った。


「もしもカグヤが勘違いをしていなかったら、俺は今頃人間を殺すのに躍起になっていたかもしれない」


「いや、ここまで辿り着けなかった」


「なんにせよ、俺の思想がお前と全く同じだと、そう勘違いしてくれていたお陰で本当の使命を思い出せた」


「だからありがとうって言ったんだ」


 カグヤが世界樹で横たわるアラタに洗脳を施していたらと考えるとゾッとする。あの頃のアラタは何も知らないのだからカグヤを信じていた。人間を完全な悪だと認識していただろう。


「――ッ! こんな、何で、お、おかしいよ! 君は生まれたばかりじゃないか! どうして――」


「……なぁ。どうして人の姿をした聖生物が生まれたと思う?」


「は? ぁ? 簡単な話さ。人里に侵入するため。あそこに張られた邪魔なシールドを抜けるための工作――!」


「違うよ。カグヤ」


「ぇ、と。まさか……話をするため。本当の敵に立ち向かうため、ってか?」


「うん」


 その答えを受けてカグヤの動揺は薄れた。知らない内に精神的にも能力的なも成長したアラタに脅威を覚えたが、それは思い違いだと確信したのだ。


「バァァカ! ホンットウに夢物語が大好きだね。人間の誰がお前を信用する? 誰がお前に協力する? 君が思っている以上に人間は打算的で疑り深いよ。協力なんてもってのほか。利用されるだけだよ」


「……打算的で疑り深いだけじゃないでしょ?」


「狡猾で、怠惰で――」


「ごめん。言い方を間違えた。良いところもあるんだろ?」


「言っておくが、僕は間違いを言っていないよ。その上で聞くね?」


「……」


「で、……だったら何?」


「きっと上手くいく」


「……うん、もう、いい。うん、諦めるよ。君はもういい。勝手にしろ。僕はもう諦めて帰るよ」


 カグヤは踵を返した。


 騙すのに失敗し説得さえ聞かない。その上、致命的に考え方が違う。アラタの考えは星を救える様な代物ではない。とてもぬるい覚悟だ。


 これでは何と戦えるというのか。どんな相手に勝てるというのか。もう彼は必要ない。


「いや、待ってよ。こっちにも用があるんだから」


「僕にはない」


 肩に手を掛けられてカグヤは硬直した。

 いつの間に距離を詰められた。

 

「俺にはお前を止めなくてはならない理由が三つある」


「一つ。星を救うのにはお前の力が必要だから」


「二つ。お前を野放しに出来ないから」


「三つ。ドラゴンを騙した罪を裁かなくちゃいけないからだ」


 カグヤは振り替えり様に魔法をぶつけ、背後に飛んで距離を取った。大気が歪んで暴風が吹き荒れ、木の根が荒ぶり、岩石がアラタを襲った。


 飛翔したアラタはそれを避けた。当然、全てを避けられない。ほんの少しの間に無数の傷が体に刻まれた。それだもアラタは強引に進んだ。


 決して止まらないアラタの姿に焦ったカグヤは、全力の魔法を見舞った。空気を切り裂く真空刃、燃やし尽くせない程の植物の物量、重量を忘れて宙を舞う岩石。

 

 それでも止まらなかった。攻撃を振り払って距離を詰めてくる。それは到底信じられない事態だった。何か理由がある筈だと疑って、思い付いた。


「お前、まさかッ!」


 アラタは聖生物であり、聖霊ほどでは無いが星と通じている。


「見えているのか、僕と同じ景色がッ!!」


 傍らでズドンと重い音が聞こえた。

 それはアラタが地に着地した音。すぐ横に下り立った足音。


 聖火の魔法


 破壊的な炎を纏った拳がカグヤの頬を打ち抜き、炎が暴れ狂った。その炎はカグヤに致命傷を与えた。彼を構成する霊体の半分が消し飛んだのだ。アラタの姿どころか元の姿も形成できない程のダメージだ。


「ク、ソ、ぁ!」


 このままでは消えてしまう。

 不安定な聖霊の体は一部を欠損するだけでも存在を維持できなくなる。


「カグヤが消えるのは困る」


「何を、する気、だ……!」

 

 アラタは地面に落ちた火の玉を握り、それを胸に押し込んだ。聖生物のなかに聖霊を押し込んだ。半身をアラタに預けているとき、カグヤはいつもこうやって延命してきた。それはこの場合でも変わらないのではない。


 カグヤの延命には成功した。

 だが、アラタの怪我は尋常ではなかった。血塗れで、立っているのがやっとの様子。


 重い足を引きずって人里の方へ進むが、少ししてアラタは倒れた。追うように意識も暗転する。朝日が照らしたのは血溜まりに倒れる一人の少年だった。

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