第11話 震える意思

 何度も人を騙した。竜さえ騙した。騙して人を殺した。

 

 分かっている。騙された者が辛い思いをするのも、生命が死ぬことの悲しさも理解できる。しかしながら、人間は自らを産み出した星を自らで殺そうとしている。これは許される事ではない。


 星がそれを裁けないというのなら自分がやるしかない。そう、悪は人間なのだ。そして悪を滅するのにはどんな手段を使っても仕方がない。


 その行いの結果、星が自身を求めてくれたのだ。

 僕は何一つ間違っていなかった。


 正義を否定する間違えを犯す聖生物は僕が正してやらないと。





「もしかして、勝ったつもりだった?」


「無駄だよ。自分の間違いを認めない限り、僕は止めないから」


 カグヤはどす黒い笑みを浮かべて立っていた。彼はアラタの姿をしていた。アラタが二人向かい合ったような画である。


 カグヤは強引にアラタの心を吸収したせいで、元々不安定だった聖霊の姿がアラタに寄ってしまっていた。鏡を見ている様で、しかし鏡の向こうからは粘りつく悪意が振り掛かってくる。語られた言葉に対しアラタは苦悶の声を上げることしか出来なかった。


 森羅万象を見、操る

 ――聖霊の魔法


 地面から伸びた木の根に絡まれ身動き一つ取れない。キツくギシギシと肉体を締め上げられる。カグヤが殺さずに痛め付けようと考えているのに気付かないほど鈍感ではない。必死に体を動かして拘束を解こうとする。


「まだ反抗するんだ。なら仕方ない」


 手刀で軽く腕を叩かれた。かと思えば腕に、脳に電流が走った。ザックリと腕が断たれた。本物の刀で切られたみたいな断面が生々しく――あれ、腕は再びくっついていた。何事もなかったかの様に健全に。


「訳が分からないって顔だね?」


 耳元でカグヤは囁き、もう一度手刀を振るい。


 激痛がやってきた。


「簡単だよ。これをぶったぎって、また着けてぶったぎって、また着けて……ね?」


 けっして気は狂わなかった。この形容しがたい痛みを受け入れるしかなかった。聖霊の魔法はあまりに強力だった。植物の操作から身体の再生まで自由自在である。


「気は変わった? 僕の言うことを聞く気になった?」


 口も木の根で封じられていて喋られない。カグヤの目的はアラタの心を完全に折ることだ。抵抗する意思を奪い最終的には傀儡化する。


 痛みは人間の心を簡単に折る事ができる。ましてや終わることのない激痛である。意思を貫くなどもっての外、耐えることさえ出来やしない。


 ただ、この場合。カグヤに拷問を受けるのがアラタだった場合、話が変わってくる。絶え間なく涙を流し歯をガチガチと震わせながらも、いまだに意志が苦痛を上回っていた。


 心が折れるのは時間の問題だった。

 しかしながら、決意によって延ばされたほんの少しの時間でアラタは得るものがあった。


 それは自覚。


 己が聖生物であることを認識し受け入れる。自己への理解。これを例えるなら、石ころが猿に生まれ変わったとする。石ころは己が猿になったと理解するまで動かず、じっと佇んでいるだろう。だが、猿が自覚を得たとき手を握り足を走らせる。


 アラタは己の内に意識を向けていた。

 そして感じ取った。己の力を漠然と理解した。


 ――アラタが魔法を持っている筈がなかった。カグヤと心を違え分裂し"聖霊の魔法"は失われた。それはカグヤの中にある。なら、であれば胸の中を燃えるこの炎は一体なんだ――


 心を新たに確立するという生まれ変わりに等しい経験を経て、彼はその体に魔法を宿した。


 魂を燃やす断罪の炎

 ――聖火の魔法 

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