第9話 決意
地竜と一戦交えた余波は広域に及んでおり、山中では一度も魔物を見なかった。夜が明ける頃には人里に辿り着けるかもしれない。
山を降りてから北極星を頼りに平原を進んでいく。
そこには魔物はいたが襲ってくる事はなかった。
感覚的に半分は進んだ所で胸から赤い炎が飛び出た。カグヤが目を覚ました。
「夜は危ないから動くなって言ったのに……。ま、無事ならいいんだけどね」
「けっこう夜目きくし空も飛べるから問題ないよ」
過去にも夜間に進路を行くことはあったが、その時は何も問題はなかった。カグヤは慎重すぎるのだ。
「もう少しで人里に着くね」
ゆっくりとカグヤが呟いた。
本当に長い旅だった。でも楽しい旅だった。
「大変なのはこれからだけど」
確かに、人里を訪れる事についても不安な要素がいくつかある。受け入れてもらえるのか。人々がどういった生活をしていて、どのような考えを持っているのか。
とは言え、幾日の長旅に比べれば些細な問題だ。
これまで難題続きだったが、最終的な目的はアラタもカグヤも同じ。だから二人は協力してここまで来た。人里に着いても協力し困難に立ち向かうだろう。どちらかがいなければ成立しない旅だった。互いは互いにとって掛け替えのない存在であれた。
一つだけ問題があるとすれば、両者共にその掛け替えのない存在の事を殆ど知らないのとだ。実は、二人にはいままで浮き彫りにはならなかった致命的な違いがあった。
それはカグヤの口から語られた。
「僕らは世界を救わなくちゃいけない。だから――」
刹那、何かが起こると思った。五感ではない別の予感に従い、アラタは眠い頭を叩き起こした。カグヤの言葉はスローモーションで耳に入ってきた。
「――人 間 を 皆 殺 し に し な い と ね」
確実にカグヤはそう言った。
アラタは足を止めた。進む訳にはいかない。もし本気ならば、冗談の類いでないのならアラタとカグヤとは致命的に目的が違う。
今度は逆に時間が加速した。
「でも中々シンクロしないんだよね。おかしいんだ」
「どうして立ち止まるんだい? もう少しで人里だよ」
「ああ、人里に入る前にちゃんと話をしておいた方がいいかもね」
「僕から話すことはあまりないかな。何か質問ある?」
暗雲が星々の輝きを妨げ、平原を湿った風が駆けた。
アラタは目の前に浮かぶ火の玉にのみ視線を向けていた。大切なことを聞かなければならない。
「俺は何者なの?」
ずっと前に聞きそびれ、それ以来考えるのを忘れていた疑問だった。自分は人間で記憶喪失だと信じきっていたからだ。「そういえば詳しくは教えてなかったね」という前置きの後に告げられた。
「君は星の命を脅かす人間供を絶滅させるために産み出された七番目の
「片割れなんて言われても分からないかな? 君は聖生物の中でも特別な存在なんだ。唯一の人間の形をしてるからね」
「なんで僕の片割れが君なのかって言うと、人間を作るには"心"という物が必要だったんだ。でも、この星は心は作れなかった」
「そこで心を持ち、なおかつ地球と近しい存在である聖霊を。つまり僕の一部を素材にしてアラタを作った」
「君が僕と心を同じにしたとき、他の聖生物にも劣らない力を発揮できる筈なんだ。ねぇ、君は何を考えているんだい? 全然シンクロできないじゃないか」
カグヤから発せられた言葉は信じがたいものだった。自分は聖生物であり、カグヤの半身で出来ている。しかし、理性に反して心のどこかでそれを知っていた様に感じた。また、決意を固めていたのもあって受け入れる事はできた。
「人は殺さない」
「というと?」
「話し合いをしようよ。皆が皆悪い訳じゃないでしょ?」
「あはは、変なこと言うねぇ。人間が星の生命を脅かすことが出来るなら野放しにできる訳がないよ」
「俺は……!」
「うん?」
「カグヤが正しい事を言っているとは思えない」
火の玉は動かなくなった。ピタリと宙に浮いて静止していた。嫌な沈黙の後、カグヤは大きく溜め息を吐いた。
「……失敗した」
「クソが。誰だよバカな事を吹き込んだ奴は」
「なぁアラタ、綺麗事じゃ星は救えないんだよ。人里中の人間にあなたが犯人ですか? って聞いて回るのか?」
「もし成功しても火種を残したまま。それともなにか? 解決策でもあるの?」
強い口調で責め立てたあと、もう一度大きな溜め息を吐く。
「……使命は君と供に星を救う事なんだろうけど。これじゃ無理だ」
「もう僕の半身を君に預ける意味もない」
「じゃあね、アラタ」
カグヤが胸に飛び込んできた。
途端、とてつもない喪失感がして己が瓦解していくのを感じた。自我があやふやになって何も感じられない。思いが失われていく。カグヤに全ての心を取り返された時、アラタの意思は消失した。
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