第8話 旅の終わり

 山中、夜も深まる頃。結界を無理に突破せずにターゲットを待ち構える地竜。激昂した様子はないが、瞳の奥から怒りの念がうかがえた。


 アラタは動揺を欠片も見せず地竜の前に立っていた。

 

 驚くほどの静けさが森を支配していた。

 口火を切ったのは地竜だった。いつかの凶器的な声でなく、厳かな口調だった。

 

「お前は……カグヤと一緒にいた奴だな」


「……うん」


「死ぬ覚悟は済んだか」


 殺そうとする意思がアラタに振り掛かる。どうして殺そうとするのか問うも、問答無用で殺意が形を成して襲ってくる。前足から繰り出される爪。攻撃行動は予想しており空中浮遊で避ける。


「お前が騙されているからだ」


 アラタを殺す理由をポツリとこぼす。

 振り上げられた尾が地面に叩き付けられる。


「殺さなくちゃいけない。カグヤも……お前も」


 冷徹を保つ声に代わって攻撃が感情的になっていった。そのおかげで軽々と避けられた。地竜が暴れまわり、必死に逃げ回る図が出来上がる。


「お前は人を殺す」


 やがて地竜は苦痛の表情を見せた。アラタへと向けられていた言葉は、何を思ったのか地竜自身へと向かった。


「私は騙された……たくさん人を殺してしまった」


 思い返すようにアラタに自分の姿を重ねる。地竜は人を殺した事を嘆き悲しんでいた。


「後で分かったんだ。誰も嘘をついていないと」


 尾が空を薙ぎ風が吹き荒れる。

 アラタはその強風に焦りを覚えた。


「私は何の大義もなく仲間を殺した……」


 地竜の攻撃が弱まった。疲れたのか、諦めたのか。やがて、当て付けられる敵意が鈍っているのに気付いた。試しに戦う姿勢を緩めるが、それでも隙を突くような真似はしてこなかった。すると、完全に諦めたのか攻撃をしてこなくなった。地上に降りる。


 森に静けさが戻ってくる。地竜はそっぽを向いていて攻撃してくる様子もない。今なら先に進める筈だ。


 しかし、アラタは先に進もうとはしなかった。


「大丈夫」


 地竜はこちらを向いた。

 やるせない顔をしていた。


「俺は大丈夫。騙されないから」


「……もし騙されなかったとしても無意味だ」


「いいや、そんな事ないね。絶対に平気だよ。……それとドラゴンも大丈夫」


「……」


「……ドラゴンは人里には行けないけど、俺は行けるでしょ。だから俺の方から説得しに行ってあげる。そしたら、ドラゴンは死んじゃった人の墓参りに行って、精一杯謝る」


「……はは、本気か?」


 頷きかけると地竜は嘲るように笑う。無茶を言っているのは分かるが、なにも不可能ではない。なにより間違っていない。


「ドラゴンの寿命ってどれくらい?」


「……人間の百倍は生きれる」


「じゃあ尚更平気だね。気長に待ってて」


 すると地竜は声を上げて笑った。だがそれはアラタをバカにする笑いではない。納得や同意を差し置いて単に愉快に笑っていた。


 地竜が人里の位置を教えてくれたため、旅を続けた。カグヤは目を覚まさないが人里はすぐ近くらしいから彼のナビが無くても辿り着けそうだ。


 いよいよ旅は終わりを告げる。

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