第7話 寄り道


 山の中腹に開けた所があると思ったら『ドールの何でも屋』の看板を掲げた店があった。窓から明かりが漏れている。開店しているようだ。


「何だってこんな所に……」


 人と出会える可能性に喜び、そして好奇心が湧いた。

 冷静に考えて実に怪しいが、ちょうどカグヤが寝てしまった所だ。可能であれば交渉して泊めてもらいたい。


「すいません。誰かいますか?」


 中に入ると見知らぬ物が雑に置かれていた。本にジュースに宝石に、とジャンルにも統一性がない。売り物かも区別がつかない。取り扱うつもりも無さそうだった。


「誰かいませんかー!」


「うるせえよ」


 店頭から顔を出したのは前と変わらず陽気な表情をした人形、コーラだった。


「えええ?! コーラってここに住んでたんだ」


「お前さんは……アラタか。俺の店によく来たな」


 アラタの身長より若干小さいその人形は、人間と何ら変わらない動きでこちらに歩いてくる。人形とは言っても、彼の木製の身体はお洒落な服で隠されていて見えない。手はポケットに入れているため、顔以外の所を見れば普通の人間にしか見えない。


「なるほどね。レティシアに会ったな?」


「レティシアのこと知ってるんだ。でも何で分かったの?」


「一応、知り合いだからな。そんで、どうしてそれが分かったか、っていうと……」


 コーラが手を頭に乗せてきた。

 するとアラタの体が光に包まれ、その光はコーラの手の中に収束した。何が起きたのかさっぱり分からず呆然とする。


「普通はこの店には誰も入れないからな。おおむねレティシアが遣わしたんだろ」


「ふむふむ?」


「ああ。今の光は魔法だ。魔力の手紙みたいなやつ。それをアラタを通して送ってきたんだ」


「レティシアは何だって?」


 コーラは人差し指を口の前で立てて「秘密」と言った。教えてくれなかった。


 何のつもりかレティシアが魔法をアラタに付与し、ここへ来るように仕向けた。それは手紙を運ばせるため。


 ――素直に頼んでくれれば引き受けたのに。


 それにしても内容が気になる。

 教えてくれるつもりは無さそうだから諦めるが。


「少しつまらない話をしていいか?」


 黙って頷いた。

 一気に雰囲気が重くなったのに、コーラの表情は相変わらず陽気である。人形だから表情が変わらないのではない。彼の性格故だ。


「アラタの素性は知らないが……一つだけ分かる事がある」


「……」


「妖魔界に帰るにしても別のどこかを目指すにしても、アラタ、お前は戦う事になる」


「……誰と?」


「ババアのお節介に付き合うのは面倒くさいからな。俺は警告しかしないぜ」


 鈍く光る赤い瞳がこちらを射る。

 彼の言動には一つも具体的な物がない。しかし、嘘は言っていないのは分かった。


「自分が何者なのかを決めておけ」


「え……?」


 世界を救うのが使命。その使命を果たすのは妖魔界を守りたいから。そのために行動するのがアラタという人間である。


 多分コーラが言っているのはそういう事ではない。


 もし使命も何も無かったらアラタという人間に何が残るのか、という事だ。目を覚ましてカグヤとも妖魔界の友達とも出会わなかったら、アラタはどうしていたのか。


「さて、話は終わりだ」


「……ありがと。最高につまらなかったよ」


「ハハッ、それは良かったぜ」


 意志も決意も自覚もある。

 でなければ妖魔界を出なかった。出ていたとしても道中で挫けていた。もうアラタに必要のない警告だった。


「ところで……お前さんに客だぜ。居留守してみるか?」


「いや、行くよ」


「だと思ったぜ。またな」


「うん。また会おう」


 店を出た。『ドールの何でも屋』の結界を出た先で出会ったのは、いつかの地竜だった。 

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