第6話 絶対零度の麒麟


 カグヤが先導して安全な道を進んでくれるため、旅は順調だった。景色を眺める余裕まであった。


「なんだろこれ……?」


 木の根に押し潰された鉄塊を見て呟いた。

 そう言えば妖魔界の外の森林には、やけに非自然的な物が転がっていた。


「これは車だよ。乗り物で速く走れる」


 車と聞いて、初めて聞くのに何故か車という概念の知識があった。ただ、知っている物と全然形が違う。


「こんな所で長いこと放置されれば森に飲み込まれるからね。ほら、もう車体の半分は地面に沈んでる」


「あ、だから」


「珍しい物を見たね。少し前まではそこら中を走っていたんだけど、見ての通りもう見る影は無いね」


 中を覗いてみると、湿気った雑誌や空っぽの飲み物の容器があった。特に使える物はなさそうだ。


「また地竜みたいのに絡まれるのは困るし、急ごう」


 頷いて車の残骸を後にした。

 カグヤに続いて道なき道を突き進む。


 時々、洞窟や木の上で睡眠をとった。食物は道の途中にいくらでもあって困りはしなかった。川を見付ければ水浴びをして、かつて建造物だった物や墜落した飛行機など気になる物を発見すれば満足するまで調べあげた。


 川を渡り、平原を進み、山も越えた。

 だが――


「あれ?」


 森を抜けた先で、巨大な地割れが起きていた。底が見えず、向こう岸は遠い。空中浮遊は大地の力を借りる技であり、大地から離れすぎると維持できなくなる。だから最高高度は五メートルなのだ。つまり何が言いたいのかと言うと、この大地の割れ目は越えられない。


「カグヤ?」


「……そんな……ど、どうしよう」


 表情は分からないのに、かなり同様しているのが伝わってきた。計画性のない旅が上手く行くなんて元より思っていなかったが、カグヤは違ったらしい。


「回って行こうよ」


「いや、でも、ここを通る道しか分からなくて……」


 さっきまでの頼りになる姿はどこへやら。プルプルと震えて混乱の具合を体で表現してくれた。


「別に回ってから知ってる道に合流すれば――」


「で、でも……」


 そうこうしていると急な肌寒さを感じた。

 続いて凍てつく冷気が足元に触れた。

 

 明らかに異変だった。

 アラタは驚き、カグヤは喜んだ。


「これは――!」


「あ! いいところに。仲間だよ」


 トンと背後で地面をつつく音がした。

 四足歩行の生物を間近に発見した。そいつは冷気を纏って悠々とこちらへ向かってくる。即座に空中浮遊して距離を取る。そいつの姿は首の短い鹿みたいだった。だが、蒼白そうはくきらめく毛並みはそこらの生物と格が違うことを顕示していた。


「大丈夫だって。ちょっと寒いだけだよ」


「カグヤの仲間なの?」


「まぁそう言う事になるかな。ともあれ、向こう岸に渡してくれるってさ」


 その生物は獣には似合わない優しい瞳でこちらを見ていた。危害を加えて来そうにない。と言うより、カグヤの言う通り仲間とさえ認識されていそうだ。


「アラタ乗っていいって」


「う、うん」


 放たれる冷気に対してそいつの体温は高かった。毛がふわふわしていて、思わずしがみつく。そいつは少し助走をつけて崖を一飛びしてしまった。いとも容易く越えてしまった。勢いよく風を切る感覚にアラタは興奮した。


「すごっ! 今めちゃくちゃ高く飛んでたよね? なのに全然衝撃が来なかった」


 背中から降りた途端、そいつはどこへ飛んで行ってしまった。辺りに残った冷気が未だに肌を刺激する。


「なんて生き物なの?」


聖生物せいきぶつって呼ばれてるね。危機に瀕した星が産み出した七体の生命体。その内の一体があの白麟はくりんさ」


「それってけっこう珍しい経験したんじゃない? 聖生物か……」


「星の免疫みたいなものだね」


 聖生物については全くの無知だった。車や飛行機を知っていて聖生物を知らないなんて、記憶が消える前のアラタはどんな人間だったのだろう。


「行こう。もう少しで人里に着くよ」

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