第5話 防衛手段
吸血鬼の館に来てもう三日ほど経つが、アラタは飽きることのない時間を過ごしていた。「久しぶりに人と話せて嬉しいわ」と館の主が歓迎してくれたからだ。
世話になりっぱなしである。
今すぐ人里へ向かうのは困難だと地竜の一件で思い知らされ、館に留まらせてもらい、なおかつ身を守る術を教えてもらっている。
「そう。もう少し安定するようになるまで続けて」
「うぅ、く! さすがに無理だよぉ、レティ」
「別に落ちたって死んだりしないわ。やれるだけやってみなさい」
アラタは空中浮遊の指導を受けていた。
この世界における戦闘は、まず第一に空中浮遊が必要になってくる。攻撃を避けたり敵から逃げたりするのに必須な魔法だ。なにも難しい事はない、簡単な魔法らしい。
「――っ!」
魔法を保てずに落下してしまう。高度は一メートルほどで、大した痛みはない。
「よく頑張ったわね。だいぶ上手くなってきたじゃない」
「へへ、そうかな」
とは言え空中浮遊の最高高度は五メートルほど。まだまだ上手とは言えない。自在に動けるようになる必要もある。
繰り返し練習を続けていると、レティがお茶しないかと誘ってきた。勿論とテーブルにつく。他愛もない話をした。ところが、レティは急に真面目な顔になって言った。
「ねぇ、今眠ってるようだから聞くけど、カグヤって何者なの?」
「……俺もよく分からないんだ。知っている事と言えば、聖霊で……あとは俺と同じ目的を持ってる」
「目的?」
「この星を救う」
「ふぅん……」
少しだけレティは口元を緩めた。アラタは至って真剣に言ったのだが、やはり本気で受け止めてはくれなかった。
「疑ってるでしょ」
「そんなことないわよ、信じてる信じてる」
「ぜったい信じてない」
「ふふ、お子ちゃまねぇ」
「レティだって子供でしょ」
「アラタより346歳上よ」
「俺の年齢分かるの?」
「見れば分かるわよ」
反論してやろうとしたが、会話が手を叩く音で打ち切られた。魔法の練習に戻るように言われた。レティにはこれから別に用があるらしい。
いつも暇しているのだと思っていたが、彼女にも何か事情があるのだろう。特にそれを追及したりはしなかった。
レティの館に来てから十日が過ぎた。
それが別れの日だった。
空中浮遊も出来るようになったし、ずっと世話になり続ける訳にはいかない。館の門前まで来て、レティは笑顔で手を振ってくれた。アラタは手を振り返して再び旅に出た。
*
アラタが出立した後の事。
厳重な結界と監視の目で張り巡らされた館に何の苦もなく侵入する魔術師がいた。
「あの少年は行ったのですか?」
その魔術師は瞬間的にレティシアの目前に現れた。その男は下半身が無く、黒の装飾で身を隠していた。
「名残惜しいけど、ずっと居てもらう訳にいかないのよ。お前みたいのがいるせいでね」
レティは努めて冷静に応えた。
来る度に結界を厳重にするが、彼の侵入は決して阻めない。
「それで、例の件については考えて下さいましたか?」
「もう少しだけ待ってちょうだい。いいでしょう?」
「ええ。……私は子供には優しいのでね」
うっすらと魔術師の姿が薄れていく。
レティシアは黙ってそれを見届ける。
「ああ、そうだ。明日はレティシアさん、347歳の誕生日でしたよね。おめでとうございます」
「あなたに言われてもちっとも嬉しくない」
「ふふふ、では」
そう言い残して魔術師は消えてしまった。その時、悔しさからか、悲しさからか、レティシアの瞳から涙が溢れた。
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