第3話 怨嗟の叫び


「やぁ、久しぶり」


 結界を出たタイミングでカグヤが胸の中から現れた。まだ十日振りだが、とても長い間見なかった気がする。


「妖魔界の中なら君の身は安全だろうから、外に出た時のために温存してたのさ」


 どうやら、結界の中は妖魔界と言うらしい。

 アラタは少しだけ安心した。薄暗い森の中で一人きりなのは心細い。それにカグヤのお陰で辺りが明るくなった。


「あれ? なんだか君の手」


 カグヤが左手の周りをクルクル回った。

 手が気になるらしい。怪我とかはしていないのだが。

 

「うっすらと魔物の匂いがするね。妖魔界に魔物はいない筈なんだけどなぁ……」


「魔物?」


「そう。変な奴に会わなかった?」


 変な奴と言って最初に思いついたのは、あの人形の姿だった。彼だけは妖魔界で出会ったみんなとは違う雰囲気があった。


「ま、君が無事ならオールオーケー」


「いいんだ……」


「行こう。安全な道を案内してあげる」


 この森の中はいずらい。暖かい視線もあるが、冷たかったり恐ろしく感じる視線がある。でも誰も襲ってこない。アラタが勝手に怖がっているだけだ。熊に教わったように胸を張って恐れをはねのけた。


 歩きながら、気を紛らわすためにも自分が何者か知るためにも口を開く。


「ねぇ、どこに向かうの?」


「人里に向かうのさ」


「……今度は眠くない?」


「うん。暫くの間は起きていられるよ」


 ホッと息をついた。

 どちらもアラタが望んでいた答えだったからだ。


「星が滅亡するって言ったよね? それを俺達で止めるとも」


「そうだね。それが僕らの使命さ。嫌かい?」


「もし星が滅亡したら、妖魔界のみんなも死んじゃうんでしょ?」


「うん」


「ならやる。当然やるよ」


「うんうん。そうだよね」


 質問するように言った割には、アラタのその回答を当たり前だと感じているようだった。


「ところで……この前、カグヤは別れ際に"倒せ"って言ったよね。倒すって、誰を?」


「星の生命力を奪う人間の事さ。そいつのせいで、この星は十年もしないうちに滅ぶことになる」


 アラタは思わずゾッとした。

 星を滅ぼす奴がいて、そいつを倒さなくてはいけない。そんな事が出来るのだろうか。


 思案していると、聞き忘れていた質問を思い出した。


「ねぇ、俺はなんであそこに――」


 どうして自分はあの場所にいたのか。

 どうして記憶がないのか。

 しかし、その問いはカグヤによって遮られた。


「――や、ヤバい!!!」


 焦燥に駆られた声でカグヤが叫んだ。

 それに続くように木々が薙ぎ倒される音と他の生物の悲鳴が聞こえた。


 音は急接近してきた。

 姿を現したのは小さな羽を持つ、巨体な地竜だった。


「キサマ、ナンデココニッ?」


 目と鼻の先で地竜は急停止し声を発した。

 殺意に満ちた目で、こちらの答えを待っている。答えを聞いたら即座に食い殺す気だ。そんな気がした。


「逃げるぞ! こっちだアラタ!」


 言われるまでもなく、木々の隙間を縫うように走った。

 森の走り方はもうお手の物だ。


 地竜は加速するまで時間が掛かるようで、まだ追い付かれない。


 そしてカグヤが案内したのは崖だった。

 傍には滝があり、川の水が遥か下の湖畔にしぶきを上げて流れ落ちていた。


「もう一か八かに掛けるしかない! 流木持って、飛ぼう!」


 崖の高さと地竜の足音に背筋を変な汗が流れた。覚悟を決めると湖畔に飛び降りた。浮遊感を味わいながらも、聴覚が水の音と地竜の叫び声を聞き分けた。


「カグヤァァァア!!!」


 地竜がそう叫んでいたのが、確かに聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る