第1話 不審人物


「何してんだ?」


 なんとなく世界樹にまで来てみれば、人間が地面に埋まってぐったりしていた。こんな面白い奴に話しかけない手はない。


「俺も何がなんだか……」


 人間は困ったように答えた。


「むゆーびょーってやつか?」


「記憶喪失ってやつかな」


「ふうん。助けてやるよ」


 木製の手を差し伸べると、人間はその手を掴んだ。魔法を発動させて軽く引っこ抜く。


「助かったよ……君は?」

 

「俺はコーラってんだ。見ての通り、ただの動く人形だ。お前はどこのどんな誰だ? ……って。記憶喪失に聞くのは酷だったな」


「別にいいよ。一応、名前だけは分かるんだ。アラタっていうらしい」


 心の中で反芻した。アラタ、覚えておこう。しばらくは話の種に困らなそうだ。


「そか。アラタ、大変だろうけど頑張れよ」


「うん。ありがと、コーラ」


「また会おうぜ」


 ヒラヒラと手を振って別れる。


 目的の物はなかったようだし、長居は無用だ。魔法を発動して、ふわりと空を飛んだ。暫く、空を切る音と服が靡く音に耳を傾けていた。


 目的地に辿り着く。


「おかえり、兄さん」


 アジトに着くと早速弟に出会った。

 彼もまた人形だ。


「ただいまだぜ」


「んー? いつも笑っているけど、今は別段楽しそうだねぇ、何かあったの?」


「いやぁ、世界樹に行ったんだけど、そこで地面に埋まってる人間がいてな、面白いだろ?」


「ギャハハっ、地面に? ギャハ、ギャハハ、腹痛いい」


 大ウケだった。流石兄弟だ。コーラも釣られて笑っていると、後ろから誰か来る気配。


「まったく、聖生物せいきぶつの調査に行ったんじゃなかったのか?」


 ウチの隊長だった。彼は悪魔である。悪魔なんて彼の性格と真逆の肩書きではあるが、種族的には悪魔らしい。要するに、頼りになるリーダーという訳だ。


「聖生物か? ちゃんといなかったぜ」


「ならよし……とはならんわ! 異界探険隊の一員としての自覚が足りとらんぞ」


「あー、異界探険隊ね」


 それはコーラ兄弟含め五人で形成されたグループだ。異界探険隊という名ではあるが、目的は聖生物をことだ。結成当初はこんな物騒な目標を掲げるとは思いもしなかった。


 メンバーの一人一人、種族も境遇も違うが目標を一つにし、纏め上げたのが悪魔隊長である。頼りになるリーダーなのだが、彼の説教は面倒くさい。


「まぁまぁ、兄さんはいつもこんな感じでしょ」


「……そういう問題ではない!」


「え? そうなの?」


「貴様もどうやら自覚が足らんらしいな!」


 諌めに入った弟だが、代わりに説教の対象になってしまった。今のうちにと、また逃げ出そうと――


「コーラ、貴様も聞け!」


「コーラだけに"こら"ってか?」


「ちがうわ! 貴様という奴はぁぁ」


 どうやら長くなりそうだ。

 兄弟揃って正座をさせられ、小一時間ガミガミ叱られた。その間、コーラはずっとアラタなる不思議な人間に思いを馳せていた。

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