シューマン【森の情景】より【予言の鳥】

宿を出てからどれほど歩いただろうか。


森は深く、揺れる木漏れ日を見ていると道に迷ったような感覚に陥る。




いや、私は本当に迷ってしまったのかもしれない。




私の行き先を示すはずの古い轍のこの道が、ただの獣道がそう見えているだけなのではないかと。


少し焦る気持ちで頭上を見上げた。






──鳥だ。






日の眩しさの中、木漏れ日を擦り抜けて存在を荘厳に示す鳥がそこに飛翔している。




私は宿で誰かが話していた 〝予言の鳥〟 の話を思い出した。


疲労と酒の香りの中で疎かに聞いていた私は、その鳥が一体何をする獣なのか。


予言をするのか、されたのか。


何も覚えていなかったが、衝動的にその影を追いかけ始めた。




鳥自体が発光でもしているのだろうか。


その鳥に置いて行かれないようにと見上げる瞳が焼き切れそうだった。




そういえば昔、神を直接見る事は無礼で、見続けると目が潰れると聞いた事がある。


故郷の老人達が子供に話す意味のない逸話の一つだ。


だが、私の眼は現実に潰れて消えてしまいそうだった。




私は必死に追い掛ける中で、歌を聞いて思わず立ち止まる。


昨夜、宿屋で聞いた仕事歌の一つのようだ。




足元を見ると、そこはもう轍でも獣道でもない。


ただの草の上に私が立っているだけだった。




私はまた、空を見る。


そこにはもう鳥はなく、痛い程の木漏れ日が輝いていた。




歌がより鮮明になる。




私は慌ててその歌の下へと走った。


暫くすると、宿屋で見た狩人数人の背が見えて安堵する。


私はちゃんとこの森から帰れそうだ。






後になって思うのだ。


あの鳥は道に迷った私を狩人の下へと誘導してくれたのだろうか。


それとも、正しい道を歩いていた私を拐かそうとして失敗しただけか。


そもそも、あれはただ木漏れ日が偶々鳥を象っていただけで、私の妄想の中だけの存在だったのか。




正しい事は分からない。


だが、特に意味はないだろう。




本物の予言の鳥にしろ、私にはなんの予言もなかったのだから。


いや、存在が現れたという事だけが言葉なき予言なのかも知れない。


人の注目を集めて、予言は初めて予言として機能する。


事実、あの鳥は私の記憶の古い所で常に飛翔を続けていた。






きっと私が事切れるその瞬間まで、その鳥は私の心を離しはしないだろう。

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