シューマン【森の情景】より【気味の悪い場所】

私は背負っていた鞄を探っていた。




日が暮れ始めた森の中で、利己的で保身的な悪態を心の内でぼやいている。




日暮れ前に辿り着くはずだった宿屋が未だ見えない理由に、狩人が、とか、あの花が、なんて。


自分を悪者にしない為だけの言葉を胸に放り続けていた。




そして私は、鞄の中からランタンとマッチを取り出した。


まだ夕暮れの明かりはあったが森の中では暗さが際立ち、なにより不気味で仕方なかった。


私はマッチを擦り、ガス式のランタンのバルブを捻ってそこに灯りを集らせる。


ボウッと呻きのような音と共に夕闇よりは安心出来る色の火が灯った。


ほっと息を吐きながら私はランタンのカバーを閉めて、鞄をまた背負うと立ち上がった。


これで安心、とランタンを持つ手を胸元まで掲げると。


明暗のコントラストが激しくなった森は、なんだかより異様な顔をあちこちに浮かべていた。




私は思わず唸る。


草木が多いここは影が多く、しかもそれ等が風と共に悪戯に動くのだ。




私はランタンの灯りを出来るだけ高く掲げ、少し早足に歩き始めた。




風か獣かで葉擦れの音が立ち上がると、私は必死にそちらを見ない努力をする。




私は若かったが、子供でもなかった。


だが見知らぬ森の陰影は、ただひたすらにここが如何に〝気味の悪い場所〟かを私に語り掛けてくるのだ。




情けないとも思わなかった。


何故なら、今この道を歩くのは滑稽なまでに火を掲げる小走りの私しか居ないのだ。


とにかく私は、あるはずの小屋を探す。


どれ程歩くのか分からない中で看板を立てていないその宿屋に文句を言いたい気分の私は、しっかりと閉じた口の中で悪態を吐いてやった。


ついでに狩人と花にも、だ。






このたった独りの悪口大会は暫く終わりを迎える事が出来なかったが、私に才能でもあったのか、私は終わりを迎えるまでその大会の首位を休む事なく独走し続けたのだった。

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