シューマン【森の情景】より【待ち伏せる狩人】

森に入って幾許か経つと、とある男に声を掛けられた。


猟犬を二匹連れた狩人だった。


彼は私に用件を尋ね、私が遠方から訪れている事を知ると、良い見物をさせてやると言ってきた。




つまり狩りの見学の許しを得たのだ。




私は先を急ぎたいと思っていたのだが、若かったとはいえ肝は小さい部類に入る。


猟銃と猟犬を持つ、このにこやかな狩人の申し出を断るのが怖くて、私はその誘いを喜んで受けると告げた。




後になって気付いたのだが、彼はこれから狩りを始めるこの森に、この地に不慣れな私を歩かせる事を案じてくれていたのだろう。


猟犬が獲物に夢中になる内に通行人を襲うのかどうかは知らないが、興奮した鹿が私の前で頭を振り回せばどうなるかは言わずもがなだ。


それに、そんな獣に私が逃げ惑っていて、この狩人が獲物と間違えて誤射するかどうか。


いずれにせよ、この狩人は良心で私を狩りの見学に誘ったのだろう。




あるいは、よほど己の腕に自信があり、自尊心を振り翳したいのか。




恐らくは前者であろうが、当時の私は乗り気でなく低木に隠れる狩人の隣に身を潜める事になったのだ。


放たれた彼の猟犬達はあっと言う間に見えなくなり、暫くすると咆哮が上がった。


何かを責め立てるような剥き出しのそれは、時間と共にこちらに近付いてくる。


なんだか恐ろしく、私は思わず隣の狩人へと視線を向けた。


彼は指笛を吹くと、一方を指差し、あちらから来るぞと私に教えてくれる。




そして、彼は銃を構えた。




痛くないのだろうかと思う程、銃に頬を押し付けている彼は、私を見ないまま耳を塞げと告げる。




怖ず怖ずとその言葉に従おうとした私の耳に、地を跳ねる音が微かに聞こえた。




草を踏み、地をえぐり、葉を押し退け、木の枝を折る音が、テンポの良い地鳴りのような足音と共に近付いてきている。




時折響く、強く地を蹴る音は獲物となる動物が猟犬から逃れようと方向転換でもしているのか。




その音の響きを聞く限り、小さな獲物ではないと私にも分かる。




やはり肝の小さな私は、狩りなどした事もなかったし、恐ろしさを易々と身に纏って耳を塞いだ。




それでも、その音の塊は先程狩人が指差した先から近付いてきて、私にはまだその正体なんて森の中から見い出せないが。




息の音が聞こえた。




私の隣の〝待ち伏せる狩人〟のものだ。




何故あんな恐ろしい獣達の雑踏よりも、隣で構える人間の息の方がこの耳によく聞こえたのかは分からないが。






けたたましい音が鳴った。

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