第50話 盗賊の狙い

 イオリスはサラントを発ち、防衛砦へ向かうと言った。

 一応は公務の途中だったらしい。俺に会うためにサラントで一泊してしまったから、真面目な彼は遅れを取り戻すために早朝に出立していったのだった。


「……殿下、ずいぶん機嫌が良かったわね」


 王子の部隊を見送った美由が、俺の方をちろりと見る。


「去り際に自分から師匠の手を握って行ったし……ようやくツンが抜けてデレ期が来たかしら」

「……デレ期って?」

「素直に愛情表現するようになったってこと。殿下はまだいくらか危ういところはあるけど真面目だし、とりあえずは良いことだわ。3人で鼎立してくれればバランスも取れるし」


 訳知り顔の彼女は一人納得して頷いた。

 ……一体美由は、どこまで何を知っているのだろう。


「ま、殿下のことはいいとして。私たちも準備をしてオルタに向かわないとね。ミカゲ様がどうなってるのかも気になるし、ジョゼに話を聞きに行きましょう」

「そうだな。ジョゼに渡った手紙の内容も知りたいところだ。何人か斥候も連れて行く必要がある。ダン様に許可をもらって来よう。……舞子ちゃんは危ないから、美由の部屋に置いていくんだろ?」


 ラタの街から逃げて来たとはいえ、ヴィアラントに関する有用な情報は持っているまい。だとしたらサラントに置いていく方が安全だ。

 そう思って訊ねると、美由は「それが」と困ったように眉根を寄せた。


「今度行くオルタは危険な場所だからここにいてって言ったんだけど、どうしても付いていくって聞かなくて。あの子、こうとなったら絶対引かないのよねえ……」

「え、何で危険な場所にわざわざ? 心細いから美由と離れたくないってこと?」

「そんな可愛い理由じゃなくて……。ついオルタにいるギース兄様の話をしたら、『金髪碧眼の超絶美形、見たい! 描きたい!』って……」

「……身の危険より美形?」

「そういう子なのよ」


 美由があきらめのため息を吐く。

 彼女がお手上げ状態だなんて、舞子はかなりの強者のようだ。しかしそのくらいの精神的強度がないと、美由と渡り合うのは難しいのかもしれない。


 美由は昔から周囲の女の子に憧れられる存在で、どこか一段高いところにおり、対等に友人と言える者を見たことがなかった。そう考えると、この強さを持つ舞子は彼女と友人として相性が良いのだろう。美由の威光に怯まない、舞子もまた希有な存在なのだ。


「舞子ちゃんもこっちの世界に呼ばれたからには、何か能力があるのかもしれない。どうせ連れて行くなら、ジョゼにその辺も見極めてもらったらどうだろう」

「……そうね。運動がからっきしだから、武力系の能力じゃないだろうけど。この世界とシンクロしたってことは、何かしら特殊な能力が発現している可能性はあるわ」


「それじゃ、舞子ちゃんの旅支度もしないとな。鎧は重いが、せめて女性用のレザーアーマーくらいは着てもらわないと」

「うん、準備させる。オルタには夕刻前に着きたいから、昼前には出立しましょう。城門前に集合で」

「分かった。また後でな」


 館の中に戻っていった美由を見送って、俺は馬の準備をしに厩舎へと向かった。






 舞子はレザーアーマーとスカートにレザーブーツといういでだちで、ごっそりと紙束が入ったバッグを持っていた。何しに行くのかよく分からない格好だな。


「護身用にナイフの一つも持たせた方が良くないか?」

「それが……『ペンは剣よりも強いの!』と言って受け取らないのよ……。とりあえず私が守るから危ない目に遭うことはないと思うけど、困ったものだわ……」


 眉間を押さえる美由は本当に困り顔だ。


「まあ、日本ではナイフで身を守るなんてあんまりないシチュエーションだからなあ。実感が湧かないのかも。とりあえず道中さえ何もなければ、オルタでは戦から離しておくから大丈夫だろう」

「そうね、街道で問題がなければ……ね」


 ……なんてことを言っているとフラグが立ってしまうもので。


 いつもは見るからに街の上級部隊だと分かる我々を襲ってくる盗賊などいないのだけれど、本当に珍しく俺たちの前に立ち塞がる輩が現れた。


 こちらの15人程度の精鋭部隊に対して、賊の数は40人ほどだろうか。もちろん駆逐するには問題ない人数。しかし、急いでいるし、舞子もいるし、ヴィアラントと戦う前に消耗したくないし、できれば相手をしたくなかった。

 俺は他のみんなをその場に止まらせると、一人、賊の前に進み出た。


「……どこの賊だ? 我々が誰の部隊だか知って足止めをしているのか?」

「お前らがどこの奴かなんて知らねえな。……さっきは王子の部隊に手を出してミスったが、その辺の街の部隊程度なら、俺たちの敵じゃない」


 どうやら俺たちを襲う前に、イオリスの部隊にもちょっかいを掛けていたようだ。きっとあっさり蹴散らされたに違いない。……ここに居るのが彼の教官と、さらに強い『神の御印』持ちの兄弟子だと知ったらどんな反応をするのだろう。


「俺たちを襲ったところで、商人のように金を持っているわけでもないし、良いアイテムも持ってないぞ?」

「ふふん、良いアイテム、持ってるじゃねえか。知ってるぜ? お前が付けてるそれ、オルハルコンの腕輪だろ? それを高く買ってくれる奴がいるんだよ。……お前が5つ、後ろの女が1つ……一度にこんなに手に入るなんて、運が良いぜ」

「……残念だが、お前らの手には渡らない。……しかし、この腕輪を高く買う人間というのは気になるな。適当に蹴散らしてやろうかと思ったが、気が変わった」


 俺は馬を下りると剣の柄に手を掛けた。

 わざわざ戦闘部隊の俺たちに挑むのは、割に合わないからどんな賊でも普通は避ける。それでも敢えて挑んでくるということは、相応の旨みがあるということだ。

 それだけの報酬を出す相手。どこの誰だろう。


 後々の問題になるかもしれないし、リーダーらしきこの男を捕まえて、吐かせる必要がある。

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