第49話 告白<イオリス視点>

「このデッサン一枚なら、所要時間は10分程度で済ますから。このくらいだったら美由ちゃんも許してくれるでしょ?」

「10分ね……まあ、それくらいなら」

「よっし! では王子様、よろしくどうぞ!」


 何故に最終的に許可を下すのが俺でも巧斗でもなくミュリカなのだ。よろしくどうぞじゃねえよ。だから勝手にキューを出すな。


 しかしそんなポーズを嫌がるかと思った隣の巧斗は、すでに拒否をあきらめた様子で、自分からベッドの縁に座った。


「……仕方ない、10分なら我慢するか……。殿下、一度受けてしまったからにはとっとと終わらせてしまいましょう」

「えっ!? お前、い、いいのか? こんな体勢……」

「うーん、良いも悪いも、彼女相手に撤回できる気がしませんから……」


 確かに、舞子の押しの強さに逆らえる気がしない。

 だが、指示された体勢には俺的にかなり心揺さぶられるわけで。ミュリカが自制心を総動員しろと言っていたのは、こういうことを見越してなのか。


「お姫様だっこより密着度も低いし、さっきよりは匂いの影響も受けづらいと思いますから、大丈夫ですよ」


 巧斗はそう言うけれど、問題はそこじゃない。俺がお前に惚れていて、それを組み敷くというシチュエーションがやばいのだ。

 俺は彼の鈍感ぶりに大きくため息を吐いた。


 いや、分かっている。

 もう何度もミュリカから、素直に言わなければ巧斗には通じないと忠告されている。

 さっき言おうと決心した告白を、やはり彼に分かるようにちゃんと言わなくてはならないのだ。


 俺は覚悟を決めるとベッドに座る巧斗の前に立ち、会話を覚られないように舞子とミュリカに背中を向けた。そして少しだけ屈み、彼にだけ聞こえる声で囁く。


「……こんな体勢、匂いの影響が少なくても俺には全然大丈夫じゃない」

「え? どうしてですか?」

「それは、俺がお前に……その、惚れてるからだ。俺はお前が好きだ」


 よし、言った! ついに言ってやった!


 緊張に少々ぶっきらぼうになってしまったが、はっきりと伝えることができたはずだ。

 内心ドキドキとしながら巧斗の反応を待つ。


 すると一瞬ぽかんとした彼が、すぐにかぁっと頬を染めた。

 彼の鈍感ぶりからして一回二回はすかされる覚悟でいたものの、どうやらちゃんと分かってもらえたらしい。

 それに安堵して、言葉を続けた。


「もちろん、役得と考えて黙って受けてしまえば良かったのだろうが……、俺は好きな相手に軽々しくそんなことをしたくない。……先日暴走してしまった反省も込めてな」

「あ、そ、それは……俺こそ無神経ですみませんでした。殿下が俺の『女神の加護』を欲しがってるのは知ってたんですけど」


 そう言っておろおろと視線を泳がせる巧斗の、フェロモンの香りが強くなる。動揺して少し体温が上がったのかもしれない。

 思わずくらりと来るが、慌てて気を引き締める。


「……気にするな。今までちゃんと言わなかった俺が悪い。これから分かってくれれば良い」

「は、はい……心に留めておきます」


 うろうろとしていた彼の視線が俺に戻ってくる。


「えと、じゃあ、とりあえずこのポーズのモデル、やめますか……?」


 何とか大人の男らしくと振る舞う俺に、頬を染めたまま、眉尻を下げた巧斗が上目遣いで訊いてきた。

 やばい、俺の告白に照れてもじもじする巧斗が、新鮮でめっちゃ可愛い。


 つい今し方、軽々しく押し倒したくないと言っておきながら、このままやめてしまうのも惜しい気持ちになってくる。


「王子様、まだですか~?」


 後ろから舞子に急かされて、びくりと肩が揺れてしまった。

 いかん、誘惑に負けるところだった。ここで「やめない」なんて言ってしまったら格好悪すぎる。

 俺は彼女を振り返った。


「このポーズは、俺がNGだ。乱暴な感じがして好かん」


 きっぱりと断ってみせる。実際、巧斗の両手首を押さえつけて逃げられないようにするというのは、やり方が荒っぽいと感じていた。

 それを告げると、舞子は特に文句を言うでもなく、すすすっとこちらに寄ってきた。


「じゃあ、恋人繋ぎにしましょ」

「……恋人繋ぎ?」


 何だか魅惑的な言葉に、思わず反応してしまう。


「王子様と師匠さん、両手出して」

「え? あ、はい……?」

「……両手とも? どうするんだ?」


 わけも分からず二人で手を出すと、舞子は俺たちのそれを合わせて、5本の指を組み合う形で繋がせた。


「これが恋人繋ぎ。これならカップルっぽくて文句ないでしょ?」


 向き合う形で両手の指を絡ませている。こ、これが恋人繋ぎ……。

 俺よりずっとすんなりと細い巧斗の指が、自身のごつい指と組まれているのがなんだか妙にドキドキする。


 そしてこの状況に困った彼が、頬を赤くしたままこちらを見上げるのについきゅんきゅんしてしまう。


 ……いやいや、駄目だ。

 繋ぎ方を変えたって、ベッドに巧斗を押し倒すことに変わりはないわけで。

 ときめいている場合ではない。


「あのな、この体勢自体が……」

「あ、王子様、手を離さないでね。せっかくだから師匠さん、カラーのホックと胸元のボタン二つくらい外してみましょうか」

「え、ちょ、ちょっと待って!」


 俺が文句を言う前に、舞子が勝手に巧斗の襟をくつろげ始めた。

 それに思わず言葉が止まる。

 だって、俺は今まで詰め襟に長袖のソードマンの制服をかっちり着込んだ、肌の露出最低限の巧斗しか見たことがなかったのだ。


 自身の白い肌を晒したくない彼は慌てた様子だったけれど、俺が目の前の光景に意識を奪われてつい両手に力が入ってしまったせいで、易々と舞子にボタンを外されてしまった。


 初めて見る、巧斗の白い首筋と鎖骨。

 それについ前のめりになったところで、舞子の手を逃れようと身じろいだ巧斗にバランスを崩されて。


 あ、と思った時にはもう遅い。


 次の瞬間、偶然に、本当に偶然に、勢いよくベッドに彼を押し倒してしまった。


「はい! そのまま10分動かないで!」


 すかさず舞子が指示をして、絵を描きにテーブルに戻る。


 そのままと言われても。

 巧斗との距離はさっきとさほど変わっていないというのに、上から見下ろす形になっただけで興奮度合いが半端ない。おまけに少々荒っぽく押し倒してしまったせいで、服と髪が乱れ、鎖骨が露出して色っぽいことこの上ない。俺を誘う匂いも強くなっている。


 ……ああ、これを丸ごと俺のものにできたら。


 刹那的な欲望に思わず喉をこくりと鳴らすと、


「殿下」


 少し離れたところからミュリカに呼ばれて、はたとそちらを見る。


「……分かってますよね?」


 にこりと笑った彼女の纏う空気は、殺気に満ち溢れていた。

 ……おそらく巧斗に何かをしたらただじゃおかないという警告というか、脅しだ。

 危なかった、このまま暴走していたら半殺しにされていたかもしれない。巧斗に嫌われることだってしたくないし、今こそ理性を総動員させなければ。


 俺はとりあえず視線を彼に戻すと、小さく謝った。


「す、すまん、巧斗。そのつもりはなかったとはいえ、結局押し倒してしまった」

「……いえ、どちらにしろ、舞子ちゃんには逆らいきれなかったと思いますし。……でもあの、殿下こそ、この体勢は大丈夫じゃないって言ってましたけど、困ってませんか……?」


 困る……? まあ、確かに困っている。


「……正直、組み敷いたお前が可愛くて困っている」


 告白のついでとばかりに素直に伝えると、さらにぼっと顔を赤くした巧斗があわあわとして視線を泳がせた。


「ひ、一回りも離れた男をからかわないで下さい。殿下から見たらおっさんでしょう。そ、それを可愛いって……」


 その反応がさらに可愛い。思わず抱きしめたくなる衝動を懸命に堪える。

 ミュリカの監視のおかげで無駄に醜態をさらすことはないけれど。


 しかし、いつかそんなことを気にせずに、眼下の彼に、鎖骨に口付けることを許してもらえるようになったらいい。

 それを期待して、俺はこの生殺し状態をひたすら耐えるのだった。

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