第51話 舞子の竜

「お、やるのか? そうこなくっちゃ。王子は馬から下りもしなかったから打つ手なしだったが……馬から下りりゃこっちのもんよ」


 そう言うと、男は何故か戦うそぶりを見せずに後ろに下がった。それを合図にするように盗賊の集団が二つに分かれ、間に道を空ける。

 その後方から唐突に、グルル……と獣の唸り声がした。


 つい今し方まで無かった殺気がこちらに向けられる。

 それに構えると、盗賊たちの間から、狼型の魔獣が現れた。


 大きさはライオン程度だろうか。牙は鋭く、目は赤くつり上がり、全身の毛が逆立っている。

 その周囲には妙な気配が漂っていた。

 なるほど、これがあるから勝てるとふんで、戦闘部隊の俺たちに平気で喧嘩を売ってきたのか。


「よし、今度はうまくいったな! おい、犬! あいつの腕を輪っかごと引き千切って来い!」


 男は魔獣を見て、嬉々として指示を出した。


 今度はうまくいった? どういうことだろう。

 しかし今はそんなことを考えている場合じゃない。

 魔獣とはいえ、わんこを倒すのは忍びないが、ここは涙をのんで相手をするしかない。


 俺が覚悟を決めた時、不意に背後からも妙な気配と、そして魔獣など及ばないような咆吼が上がった。


「グオオオオオオオオオオ!」


 びりびりと鼓膜だけでなく皮膚にも響く、地鳴りのような声。

 驚いて振り返ると、美由たちの頭上に見るからに強暴そうな巨大な竜が羽ばたいていた。

 え? 何アレ?


 盗賊たちもあんぐりと口を開けて呆然とそれを見上げている。


「師匠さ~ん、ちょっと下がってて~」


 舞子の場違いにも聞こえるのほほんとした声に、俺は慌てて下がった。

 次の瞬間、竜の身体がカッと光る。


「はい、サンダーストーム!」

「うわあああ!?」


 舞子の合図で敵全体に稲妻が降りかかった。

 直撃を受けた者はそのまま失神し、免れたもののその伝播を受けた者は痺れと痛みに硬直する。とりあえず舞子の意向が関係しているのか、即死するような威力では無かったらしい。

 ちなみに力の差をすぐに覚った魔獣は、攻撃が放たれる直前にどこかに逃げてしまった。


 ……何がどうなっているのか。

 よく分からないが、助かった。これなら消耗することなく簡単に賊を捕らえることができる。

 俺は配下に命じて賊をまとめて縛り上げた。そしてこいつらを回収してもらうように、伝達係を二人選んで街へと戻らせる。


 さっきの魔獣が戻ってくる様子がないことを確認すると、俺は最後にリーダーの男の胸ぐらを掴み上げた。


「さてと……。お前たちに腕輪の強奪を依頼したのはどこのどいつだ? さっきの魔獣も盗賊が扱うたぐいのものじゃない。どこかから魔法術式の提供を受けているな? おとなしく吐いてもらおうか」

「くっ……くそ……あんなモンスターを使役するなんて、お前ら、何者だ……」

「訊いているのは俺の方だ。……素直に吐けないなら、あのドラゴンにもう一撃お見舞いしてもらうか?」


 竜はまだ舞子の上に浮いている。もう一度攻撃できるかは分からないが、そこに居るだけで敵に圧力が掛かるのがありがたい。

 俺のはったりに竦み上がった賊のリーダーは、慌てたように口を開いた。


「お、俺たちはあいつが簡単に稼げると言うから……! こんな割に合わねえ相手なら、やらなかったのに!」

「……あいつとは?」

「素性なんか知らねえ……。足輪を付けたしゃべるフクロウだ」

「フクロウ……。魔法術式もそいつからもらったのか。こんな特殊な術式を用意できるのは王族か高位の貴族だからな。なるほど、フクロウを使役しているのが貴族だと知って、報酬も期待できるとふんだわけだ」

「そうだ……他には何も知らねえ」

「だろうな」


 もし相手が高位の者なら、こんな盗賊に正体を明かすわけがない。

 そして、おそらくこいつらが腕輪の強奪に成功したあかつきには、証拠を消すために皆殺しにする算段も立てていたはずだ。生かしておけば、いつかどこかから足が付く可能性がある。


 そうまでしてこの腕輪を手に入れたい相手か……。


 稀少な魔法鉱石オリハルコンでできた契約輪には、ジョゼの高度な術式が書き込まれている。欲しがる者もいるだろう。しかしそれを手に入れたとしても、このアイネル王国で加工できるのはジョゼ本人のみなのだから、国内の者が奪ったところで使用できない。


 だが国外なら?


 そう考えて眉を顰める。

 加工技術を持つ者が、腕輪を手に入れる手段としてこいつらを使ったとして。使用している術式のでどころが問題だ。

 動物なら国境を越えても結界に反応しないことを知っていて、憑依と音声変換の術式を使える。……その男を、俺たちは知っている。


「師匠、舞ちゃんのことなんだけど」


 不意に美由に話しかけられて振り向くと、馬に乗ったままの二人が近くに寄ってきていた。その頭上の竜はいつの間にかいなくなっている。

 俺はもう用がなくなった盗賊をその場に放置して、二人のそばに行った。


「さっきの竜、舞子ちゃんが出したの?」

「そうですよ! 格好良かったでしょ?」


 舞子はものすごいドヤ顔だ。


「まさかすでに発現した能力を使えてるとは……。舞子ちゃんの能力って、召喚か何か?」

「それが、聞いた感じ何か違うみたいなの。呼び出すというより、創り出すような……」

「あのね、こっちの世界で術式っていう文字や図形の組み合わせを使って生み出してるんだよ。こんなやつ。言ったでしょ、ペンは剣より強いの!」


 そう言ってひらひらと見せたのは紙に書いた術式だった。

 それを後ろで見ていた盗賊が、いきなり驚きの声を上げる。


「な、何でおまえらまでそれを持ってるんだよ!? それに、俺たちの方は狼の魔獣しか出せなかったのに、あのドラゴンをその術式で出しただと……!?」

「……何だって? あの魔獣はこれと同じ術式で出したのか……?」


 同じと言ってはいるが、盗賊ごときに術式の細かい部分まで分かるはずがない。しかし、術式を構成する形や文字が近いなら、同じ人間が作った術式だと考えられる。オリジナルの形式のものなら特にだ。


「舞子ちゃん、その術式ってもしかして向こうの街で……?」

「うん、こっちに来る前にミカ……むぐぅ」


 ミカゲの名前を口にしようとした舞子の口を美由が押さえた。とりあえず部下や盗賊がいるところで出していい名前じゃない。


「あの人が作ってくれたってこと? でも同じものを盗賊がもらっているってことは……うーん」


 舞子の口を押さえたまま、美由が小さく唸る。

 彼女は今、おそらく俺と同じ事を考えているだろう。


 動物の憑依、音声変換、そしてモンスターを生み出す術式。これらは全てミカゲのオリジナルだ。ということは、この盗賊を唆したのはヴィアラントの人間でもう間違いない。

 捕らえたミカゲの術式を、誰かが使っているのだ。


 彼がアイネルに来るために使っていた術式を自分から提供したとは思わないが、やむを得ぬ事情もあったのかもしれない。そこを責めるのは今の時点で意味のないことだ。


 それよりも、こうして動物を使ってアイネルに入り込んでいる輩が、フクロウの他にもいる可能性がある。こちらの軍の状況を偵察されていたら、思わぬ被害を被る羽目になるだろう。それをいち早くジョゼに報告し、警戒をするべきだ。


「オルタに急いだ方がいいな。ここの見張りに4人だけ残して、俺たちは出発しよう」

「そうね、ぐずぐずしていられないわ。舞ちゃん、馬を走らせるから、しっかり私に掴まっててね。舌を噛むからしゃべらないように」

「むぐむぐ」


 口を押さえられたまま舞子が頷く。俺も急いで馬に乗って部下に指示を出すと、先頭を切ってオルタに向かって駆けだした。

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