第44話 相賀舞子

「ミカゲ様の部下が? どうしてジョゼに……」


 ジョゼは以前、ミカゲと接触をしたいと言っていた。しかしあの男はすでにその近臣と連絡を取り合っていたということか?

 ……もしかして、ミカゲ本人には取り次いでもらえていなかったという意味だろうか。そのヘルマンという男がミカゲの意思にジョゼの思惑を絡めないように壁役をしていたのかもしれない。


 だとすればなかなかに強かな男だ。

 あくまでもミカゲの意思を尊重しながら、ジョゼを通じてアイネルとのつながりを持っておく。おそらく、ミカゲが王位を取った後のことも考えているのだ。


 そして万が一ヴィアラントの内乱にアイネルが加勢することになっても、内通していたのはヘルマンだけだったとミカゲへのそしりを免れることができる。


「手紙には何が書いてあったのかしら。気になるわね」

「ジョゼとやりとりをするような男だ。ただ助けを求めるような内容じゃないだろう。……もしかするとヴィアラントと戦うことになるかもしれないな。一度サラントに戻って本格的に準備をしてからオルタに行くか。……と、その前に、ロバートさんに言って彼女を牢から出してもらわなくちゃ。ここの鍵をもらってくる」

「そうね。舞ちゃん、とりあえず私の屋敷に来て。サラントに行けば安全だから」

「うん、ありがとう」


 美由をその場に残して通路を戻り、扉の外にいる使用人にロバートから鍵をもらってくるように頼む。

 そして鍵を借りて再び牢の前に行くと、二人は何かこそこそと話をしていた。


「……歳上の美人受け、私は好物だわ~。良いわよね、腰細くて」

「舞ちゃんは守備範囲が広いからほぼ好物でしょ……。あんまり余計な手出ししないでね。私は師匠が幸せになれるカップリングしか許さないから」

「ミカゲ様はスパダリ属性だし、良いと思うけど?」

「まあ、ミカゲ様は良物件だけど……でも、二人とも鈍感で、そっちの自覚ないからなあ……。他にも濃ゆい師匠狙いがいるし」


「鍵もらってきたぞ。……どうした?」


 声を掛けると、何故か二人してびくりと肩を揺らした。

 そして同時にこちらを振り返り、ごまかすように笑う。


「あ、ごめん、何でもないの。……はい舞ちゃん、出て出て」

「ありがと。……ええと、美由ちゃんの師匠さん? 改めて初めまして、美由ちゃんに高校で仲良くしてもらってた相賀舞子といいます。よろしくお願いします」

「ああよろしく。俺は神条巧斗だ。いきなりこの世界に来たんじゃ分からないことだらけだろう。俺も日本から飛ばされてきた人間だからな、何かあったら訊いてくれ。力になるよ」


 にこりと笑顔を向けると、彼女はまた美由にこそりと話しかけた。


「笑顔も美人……そして何か師匠さん、近付くとすごく良い匂いするんだけど……」

「ああ、うん。師匠はこの状態が普通だから。……さ、とりあえずサラントに行きましょ。私の父上にも紹介するわ。車とか電車とかないから、ぱっとは着かないけど」


 バラルダからサラントまでは徒歩だと丸一日掛かる。長距離を歩きなれない日本の女の子ではもっと掛かるだろう。

 馬に乗れば、今日中に戻ることもできるのだが。


「そうだ、相賀さんは馬には乗れるかな?」

「あ、私のことは舞子と呼んで下さい。えっと、馬は乗ったことないです」

「じゃあ、舞子ちゃん。馬が無理なら、ロバートさんに頼んで馬車を用意してもらおうか」

「ああ、心配しなくても大丈夫よ、師匠。それほど飛ばすわけじゃないし、私が舞ちゃんを一緒に馬に乗せて行くわ。馬車だと進みが遅くなるから、着くのが夜になっちゃう」

「一緒に? ……まあ、その方が安心かもな。夕刻あたりから道中に賊も出始めるし」


 アイネルが治安のいい国だと言っても、どうしても一定の不届きな輩というのはいるものだ。普段は商人のキャラバンが狙われることが多いのだが、貴族馬車も金持ちだと思われて狙われやすい。

 今回は少人数で来たから護衛も少ないし、目を付けられると厄介だ。戦えない子がいる以上、無駄な危険を招くことは避けた方がいい。


「じゃあ、早めに出立しようか。一応、ロバートさんからギース様とジョゼに、彼女をサラントに連れて行く連絡だけしてもらおう」

「後で私たちがまたオルタに向かうこともね。どちらにしろまもなく呼び出される羽目だったろうし、手間が省けるでしょ」

「そうだな」


 すでにミカゲが捕まったことをジョゼが知っているのなら、何かしら策を考えているはずだ。そこに我々の力が必要になることもあるだろう。


 俺たちは早々にバラルダを出立すると、急ぎサラントへ戻った。

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