第45話舞ちゃんは腐女子<美由視点>

 馬列を組む場合、いつもなら私が先頭を走るのだけれど、今日は二人乗りのため隊列の真ん中にいた。

 代わりに師匠の馬が先頭を走っている。


 私の後ろには舞ちゃんがしがみついていて、最初こそ慣れない馬上にあわあわしていたけれど、今はずいぶんと落ち着きを取り戻していた。


「まさか私がこんな異世界に飛ばされるとは思いもよらなかったわ。そこに美由ちゃんがいたのも驚きだけど……。『旅に出る』とか言っていなくなって、それがこんなところにいたなんて」

「だって異世界に行くのに、何も言わずにいなくなるとみんなに心配されちゃうでしょ。向こうでは内緒にしてたけど、私は元々こっちの世界の人間だったの。これから行くサラントの街の領主の娘なのよ」

「ふええ、ご令嬢なの!? 漫画みたいねえ。もしかして、貴族のイケメンに求婚されてたりして?」

「あー……その辺のヒロイン属性は師匠が担当だから」


 そう言うと、彼女は思いきり目を輝かせた。


「何それ!? 詳しく!」


 舞ちゃんは一見真面目な文学少女に見えるが、その中身は激しく濃い腐女子だ。ナントカいうイベントでは、彼女の薄い本目当てに行列ができると聞いた。

 とにかくBL大好きで、これに関しては人が変わると言っていい。


「それは追々ね。まあ、舞ちゃんなら見ればすぐ分かると思うわ」

「確かに、実物見るのが一番だけど。……ああ~、まさかこっちの世界でそんな楽しみが見つかるとは! ネタいっぱい仕入れて行こうっと」

「とりえずアイネルにいれば、5年後には日本に戻してあげることができるから。悲観せずに……って、全然してないっぽいけど、その日まで我慢して」

「5年……ちと長いがその間にネームを切れば創作BLのシリーズものとして怒濤の連続発行も可能……うん、OK!」


 このBL軸のぶれない割り切りの早さ、ある意味尊敬する。






 そうして夕刻に無事サラントに着くと、思わぬ人物がそこで待っていた。


「巧斗!」


 馬を厩舎に入れて屋敷に入った途端、師匠に声を掛けた偉丈夫。以前蹴り飛ばして以来会っていなかったイオリスだ。


「あれ、殿下。自らサラントを訪ねられるなんて、珍しいですね。ダン様にご用ですか?」

「ち、違う。お前に前回の失態を詫びにだな……。その、今月の修練を中止にすると言うし、気を悪くしているのかと……」

「え? 前回? 特にお詫び頂くようなことは何もなかったと思いますけど。修練は、ヴィアラントとの関係が落ち着くまでの間一旦止めるだけですよ?」


 師匠はきょとんとして、王子に襲われたことはすっかり忘れているようだった。まあ、本人にその自覚がなかったのだから仕方のないことか。

 対してイオリスはずいぶん気にしていた様子で、なんとなくへどもどしている。


「そ、そうか……。お前が気にしていないならいいんだが……。ただ、修練がなくてもだな、月に一度は王都に来い。お、俺は平気だが衛兵たちが心配するし……」


 はあ、全く、相変わらず素直じゃない。そういうことに疎い師匠には、婉曲な物言いは通じないと言ってあるのに。

 腕輪の燃料もチャージしなくてはいけないのだし、ストレートに定期的に会いたいのだと言えばいいものを。


 そう思いながらイオリスの腕輪のエネルギー残量をチェックすると、私は思わず二度見し、その少なさに驚いた。ゲージが赤くなり、点滅している。


 え? 何でもう残量一割を切ってるの? 前にチャージをしてからそんなに経ってないよね?

 ……もしかして、師匠に嫌われたかもしれないという不安がエネルギーを異常に消耗させたのだろうか。それしか考えられないよなあ……。


「ねえねえ、美由ちゃん。あの人、誰?」


 私がため息を吐きつつ眉間を押さえていると、隣からこそりと舞ちゃんが訊ねてきた。その顔は、見るからにイオリスに興味津々という様子だ。


「あれはイオリス・アイネル。この国の王子よ」

「へええ! 王子様かあ! あの人、間違いなく師匠さんのこと好きよね。ちょっとわがままそうで、素直になれないツンデレへたれ系ってとこかしら。顔も悪くないし、ガタイが良いから師匠さんとの体格差に萌えるわ~」

「……舞ちゃんはミカゲ様押しじゃないの?」

「スパダリ攻めも好物ですが、体格差萌え、年齢差萌え、年下攻め、美人総受けバッチ来いです」

「ああ……そういや舞ちゃんだっけ……」


 フンスフンスと鼻息を荒くする彼女は紛う事なき腐女子であった。

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