第27話 イオリスへの指南

 前回の燃料補充からは日数が経っている。

 イオリス王子の腕輪の精神エネルギーの残量は、四割を切ったところだった。まあ、これでも以前のカツカツだった時に比べれば十分すぎるのだけど。


 王都に着いて来賓室に通された私は、荷物を置いてから師匠に確認をした。


「王都には二泊するのね。修練の日程はどういう配分になっているの?」

「これから衛兵詰め所に行って、衛兵たちの修練を始める。悪いが俺は夕刻を過ぎるまで戻ってこれないから、美由は自由にしていてくれ」

「ということは、今日は殿下の修練はないのね?」

「ああ。殿下は明日、朝から晩まで丸一日掛けて修練する。明後日は帰るだけだな」


 では今日はイオリスに、明日の師匠との接し方をレクチャーしておこう。そして明日は明日で、ジョゼのところにみっちりと文句を言いに行こう。


「じゃあ俺は行ってくる」

「うん、いってらっしゃい。私は殿下と話をしてくるわ」

「……殿下と? またケンカするなよ?」

「大丈夫。前回和解したから」


 来賓室の廊下で師匠と別れると、私は王宮の奥へ向かった。


 近衛兵に話をしてイオリスへの面会の橋渡しを頼む。

 王子も忙しい身、面会は夜までに一時間程度取れればいい。

 そう思っていたけれど、イオリスは私の急な来訪をすぐに受け入れてくれた。


「急な面会なのに時間を割いていただきありがとうございます、殿下」

「いや、よく来てくれた、ミュリカ。今日の公務は父上に丸投げしてきたから、時間の方は大丈夫だ」

「え、いいんですか? 私の方は別に少しくらい待っていても……」

「かまわん。どうせ今日は明日のことが気になって身が入らない」


 イオリスは使用人にお茶を用意させると、すぐに人払いをした。

 そして落ち着かない様子で紅茶を一口すする。

 それほど気になる明日のこと……それはつまり、師匠との修練のことだろう。


「師匠に稽古をつけてもらうなんて、毎月のことなんでしょう?」

「そうなのだが……この間お前が言っただろう。巧斗に素直になれと。それがだな、今更、どうしていいのか分からんのだ」

「別に考える必要なんてないわ。照れ隠しにツンツンするのをやめて、思った通りの反応を返せばいいだけよ」

「だから、それが難しいと言っているんだ……」


 王子はすっかり私にはヘタレな部分を隠さなくなっている。そういうところを出した方が、師匠にも構ってもらえると思うんだけど。


「そもそもの話、どうして師匠にツンツンするの? その態度のどこかが好印象につながると思ってる?」

「どうして……? そうだな、どうしてだろう。……うーん、自分の方から好意を見せるのが負けたような気がするから、だろうか。……巧斗にどう見られるかまで頭が回っていないのが本音だ」

「殿下って腕輪を師匠に着けた時もそうだけど、結構無為無策よね……」


 私は少し呆れたため息を吐いて肩を竦めた。


「でも、態度を変える決心はしているのでしょう? だったら今日は対師匠攻略法をレクチャーしていくわ」

「そうか、ありがとう!」


 イオリスが、私の言葉に声を弾ませる。


「まずはそれね」

「……それ?」

「心からの『ありがとう』は基本。師匠にちゃんと言ってる?」

「……言ってないな」

「もしかして、稽古の最初と最後の『お願いします』『ありがとうございました』も言ってない? 師匠は礼儀を気にするから、してないならかなり株が下がるんだけど」

「最初の頃に言えと言われたが、つい反発してそのまま……」

「言え!」

「わ、分かった……」


 お礼が言えないのも、王子が他人より上に居たがる性質からだ。おそらく、そうしないと不安なのだろう。

 力にしか自信がない彼は、人より下に落ちたら自分には価値がないと思っている。師匠の言っていた、愛情不足による弊害だ。


 その思い込みが自分で作り出したまやかしだと、彼も気付かなくてはならない。


「明日はとりあえず、何かをしてもらったら『ありがとう』、嬉しいことがあったら『嬉しい』、これをきちんと口に出して言うこと。あと、何か粗相をしたら『ごめんなさい』も」

「それだけでいいのか?」

「一度に改善しようったって無理よ。明日はこれだけで十分。……問題は腕輪の燃料補充だけど。殿下、自分でトライできそう?」

「トライ……いや、ちょっと、難しい……」

「ヘタレねえ……」


 まあ、イオリスの高いプライドではまだ無理か。自分から触りに行くのも、触れて欲しいと言うのも難易度が高いだろう。


「ちなみに、殿下は師匠にどうしてもらうと燃料が溜まるの?」

「あー……ええと……」


 何故か王子が少し顔を赤くして口ごもる。恥ずかしいことなのか? でもギース兄様に比べたらきっと屁でもないことだろうな。


「あの、だな、すごく間近でこう、笑顔を向けられて、その甘い匂いを嗅ぐと、それだけで満たされるな。……どうした?」

「……いや、ごめんなさい。あまりに可愛い条件なので涙が……。変態に聞かせたいわ……」


 今まで力を求めることに懸命で、恋愛などしたことがないんだろうな。まあ、私もだけど。

 それにしたって慎ましい条件だ。

 それでも今まで燃料が溜まっていなかったことを考えると、本人の態度のせいだが、師匠に近くで笑ってもらうこともなかったのかと可哀想になってくる。


「それくらいの条件だったら、明日私の言ったことを守れば殿下だけでいけると思うわ。頑張って」

「いける……だろうか」

「平気よ。まあ無理そうだったら少しだけ助けに行くから」


 明日は腕輪をマメに見て、王子の燃料の補充具合をチェックしよう。駄目そうなら夕方あたりに助っ人に行けばいい。


「頼りにしている」

「任せてちょうだい、兄弟子ですもの」


 そう言って笑い合う。

 気負いのないイオリスの笑顔はやはりアイネル王に似て、思いの外優しかった。

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