第26話 ヴィアラント王国について

 賑わう大通りを案内して、住民が住む裏通りを巡り、花壇のある広場で一休み。

 さすがに兵舎などは案内しないけれど、一般人が入れるところは見て回る。そのいちいちを、ミカゲはじっと注視していた。


「ここが私たちの住む家。せっかくだから私の部屋に行きましょうか」


 屋敷の前に着いたところで、黒猫を部屋に誘う。

 ミカゲは街中では声を発することができないが、私の部屋なら問題ない。何かこちらに聞きたいことがあるかもしれないし、私もその感想を聞いてみたかった。


「どう? ミーちゃん」

「にゃあ」


 私の誘いに、猫が了承の鳴き声(?)を上げる。声が低いから、違和感が半端なくて笑ってしまう。


「じゃあ、ついてきて」


 屋敷の門をくぐって敷地に入ると、門兵がこちらの足下にいる猫を見た。一応セキュリティの都合上、動物でも屋敷に勝手に入ることは許されないのだ。

 しかしそれに師匠が問題ないというように手を上げれば、門兵は引き下がる。師匠は父上と所属契約をしているから、その点においても衛兵から信頼が厚かった。


「師匠がいると余計な説明がいらなくて楽だわ。私だとどこから連れてきたか、なんのために連れてきたか、誰の猫か、細かく聞かれるのよね」

「俺の動物好きを知った時に、ダン様が言っていたよ。美由が小さい頃、すぐに捨て犬や猫を拾ってきて困ったと。きっとそれが響いてるんだろう」

「あー、そんなこともあったっけ……」


 苦笑をしながら屋敷に入る。

 途中すれ違う使用人たちが猫を気にしたようだけれど、私と師匠が連れているので特に問題視はされなかった。

 まあ多分彼らは、絨毯の上で粗相をされないかとか、そういう心配をしているだけだと思う。昔私が拾ってきた犬猫たちが、しつけられるまで結構ところ構わずだったからなあ……。


「ここよ、ミーちゃん。入って」


 自室の扉を開けてミカゲを招き入れる。そしてソファの上に座るように案内すると、彼はそこで丸まって落ち着いた。

 師匠がそれを確認し、踵を返す。


「お茶を淹れてくるよ。美由は紅茶でいいよね。ミカゲ様は何を飲む? さすがに猫の姿でコーヒーなんか飲めないよな」

「私は水でいい。猫の状態だとあまり人間の飲食物が合わないのだ」

「そうか。カップよりボウルか何かに入れた方が飲みやすいかな。持ってくる」


 そう言うと、師匠は部屋を出て行った。

 その姿を目で追っていたミカゲが、扉が閉まったところでこちらに視線をよこす。


「……美由殿、今日は街中を見せてくれて感謝する。……それで、だな。巧斗殿が戻って来る前に、少しだけ私の話を聞いてくれ」

「私にだけ話すということは、少し政治的な話が入るということかしら?」

「……そうだ。それを絡めない関係がいいのは承知している。だが、言わせて欲しい。この話をしないで君たちに不信を残すのは本意ではないのだ」

「いいわ。師匠に友人としてそういう話を聞かせたくないというあなたの意思も尊重する」

「ありがとう」


 猫はソファの上で居住まいを正した。


「もう分かっていると思うが、私は以前から何度もサラントに忍び込んでいた。そして、ここの畜産や農業のやり方を勉強させてもらっていた」

「畜産や農業……。じゃあいつもあの辺りにいたのは、それ以上入ってこれないからというよりは、そっちがメインだったからなの?」

「いや、本当は街中も見たいとずっと思っていた。……美由殿は、ヴィアラント王国の状況を知っているか?」

「……ここ五十年でずいぶん衰退したと聞いているわ」

「そうだ。上級貴族たちは国民そっちのけで贈収賄で利権の奪い合い、王家に取り入って爵位を買い、民から税をむしり取っている。おかげで国は疲弊し、最近はもう上位の貴族すら困窮してきた。そのしわ寄せは、さらに国民に行っている」


 ミカゲの声が静かな怒りに低くなる。


「そして国内で足りないなら国外へ……。兄上がアイネルに攻め込むのはそのためだ。アイネル側はまだ国力が強いから保ってくれているが、逆側にあった小さな国は、ヴィアラントに食い潰された。その略奪が一時的な潤いを生み、それを英断だったと勘違いした兄上は、国の困窮はほったらかしで、軍事ばかりに力を入れている」

「はあ……暗愚……なるほどねえ」


 思ったよりもヴィアラントはひどい状況のようだ。上に立つ者が愚かで短絡的で、尚且つ行動力があるというのが最悪だ。


 しかしまあ、このくらいの情報ならもうジョゼも仕入れているだろう。アイネルがヴィアラントの侵攻を防げているのは、あの男の知識と判断力によるものが大きいと父上が言っていた。一つ街を奪われた後に王宮に召し上げられ、その後の侵攻を封じ込めたというから、あながち間違いではないだろう。


「このままではヴィアラントは滅びる。国民がいなければ王族の肩書きなど意味がない。内側から改革する必要がある。……そこで私はアイネルに忍び込み得た知識で、まずはラタの住民を豊かにしようと考えた」

「ラタを小さな復興モデルにしようとしたのね」

「そうだ。中枢から外されている今の私にできることはそのくらいだからな。貧しさからがむしゃらに植えるのではなく、農地を効率よく作付けして、土を休ませる期間を設け、良質な作物を。やせた家畜を屠るのではなく、牧場では農場から出た栄養価のある野菜くずや稲藁を与えて良質な肉や乳を。さらに牧場で出た堆肥で農地に栄養を……。そうすることで収穫量が増え、やせていた動物たちも肉付きが良くなった」


「サラントでの知識がその役に立ったと。……ああ、それで次は街中の様子も参考にしたいと思っているわけね」

「そうだ。……だから後で不信を与えないよう、先に美由殿に断っておきたい。上下水道や街灯、公共設備など、そういう街を豊かにする技術や知識を持ち帰りたいのだが、いいだろうか? もちろん、セキュリティに関するものには触れないし、スパイの真似事をしたりもしない」

「相変わらず真面目ねえ」


 国を動かすのならもう少し狡猾でもいいと思うのだけど、こういう彼だからこそ信頼してついてくる部下がいるのだろう。そして、私も師匠も力になってあげたいと思ってしまう。

 これが人徳というやつか。ミカゲが王になれば、きっとヴィアラントは豊かな国に生まれ変わるに違いない。


「街を見て回って持ち帰る分にはかまわないわ。特に問題のない構造物なら図面を用意することもできるけど」

「いや、それは大丈夫だ。サラントでうまく回っていることが、ラタにもいいとは限らない。ただヒントがもらえればいいんだ。そこから街のみんなで改善していく」

「街のみんなで改善か。それは良いわね」


 独りよがりでないところが良い。自分だけの力では街は復興しないと分かっているのだ。そして住民みんなにとって良い街にしようと考えている。

 他の街の住人がラタに移住を希望したというのは当然の成り行きだろう。


「とりあえず、この後はみんなと相談して広場に花壇を作ろうと思う。街に花があるというのは思いの外良いものだな」

「そうね。花は心に潤いと余裕を与えるわ」


 そう言って、可愛いチョイスに笑ったところで。

 やっとお茶を汲みに出て行っていた師匠が戻ってきた。


「おまたせ。美由には紅茶とタルト持ってきたよ。ミカゲ様には水と、あと口に合うか分からないんだけど、鶏とカボチャとにんじんを煮込んだご飯を作ってきてみた。徒歩でここまで来てるんだろうし、お腹空いてるだろ?」

「わあ、嬉しい! 師匠のブルーベリータルト美味しいんだよねえ」

「私の食事まで……ありがとう。……ところでこれは、巧斗殿が作ったのか?」


 黒猫が、私のタルトと自分のご飯を見、それから師匠を見上げた。


「ああ。一人暮らしが長かったから、こういうの得意なんだ」

「師匠の女子力半端ないのよ。昔は修行中によくおやつを作ってもらってたわ。家事全般なんでもできるし」

「すごいな。こういうものを作れるなんて尊敬する。ラタの屋敷は男所帯なんだが、素材を切る、焼く、煮る、揚げるだけでな。時々見かねて街のご婦人たちが料理をしてくれることもあるが。……巧斗殿のような人がいれば、食生活も充実するのだろうな」

「もし次に直接お会いする機会があったら、よろしければ手料理をご馳走しますよ」

「それは嬉しい。……では、いただきます」


 器に顔を寄せたミカゲは、そのご飯の香りを楽しんでから上品にご飯を舌の上に乗せた。それをゆっくり租借して、嚥下する。

 それから、ちょっと感動したように息を吐いた。


「……これは美味い。猫の状態でこういう味覚を感じるとは……」

「舌に合うようなら良かった」


 そのままぱくぱくと食べ始めた黒猫に微笑んで、師匠も椅子に座る。私もタルトにフォークを入れると、その幸せを堪能した。


「はあ~美味うまぁ。師匠って、本当に理想の嫁だよね」

「はは、何だそれ。男は嫁じゃないぞ? 間違うなよ」


 うん。全然間違えてませんけど。






 その後再び外に出てしばらく街を散策した私たちは、暗くなる前に猫を山の麓まで送っていった。


「……また来てもいいだろうか?」


 去り際に、黒猫が可愛く首を傾げる。


「もちろんよ。街から意識を離すのも息抜きになるでしょうし。歓迎するわ」

「友達なんだから気兼ねはいらないよ。ただ、毎月の頭に俺は王都に行ってしまうからそこは外してくれ」

「分かった、ありがとう。……どうせそう頻繁にはこれないと思うが、また来た時は相手をしてくれると嬉しい」


 ぺこりと頭を下げると、ミカゲは山の中に消えてしまった。

 それを見送って。


「……師匠、月の頭は王都って何?」


 初耳だったさっきの師匠の言葉に、疑問を投げかける。


「うん? ああ、美由には言ってなかったっけ? 俺は月に一回、イオリス様と衛兵たちに剣を教えに行ってるんだ」

「あー、そういえば王宮で修練がどうこうというやりとりを聞いたような……」

「ジョゼがいるからあんまり行きたくないんだけど、イオリス様のご指示だから」


 イオリスの指示か。なるほど。月に一回、定期的に腕輪の燃料補充をしようという魂胆だったのだな。全然できてなかったけど。


「私も行っていい?」

「へ? それはいいけど、何で?」

「イオリスの現状確認と、ジョゼに文句を言いに、かなあ」

「え……ジョゼに虐められないように気をつけろよ?」

「平気よ。あの男は私に興味がないから」


 まあ、ジョゼに噛み付くのは改善の余地が見込めるイオリスをどうにかしてからだ。王子がミカゲのような男になってくれれば、師匠と一緒に居ても何も問題はない。

 見た目は悪くないし、体格差も悪くないし、師匠次第だがまかり間違ってBL展開になっても許容できる。絶対師匠にひどいこととかできない男だし。


「師匠、イオリスは私が厳しく教育しておくからね」

「う、うん? 殿下の教官は俺だけど……」


 隣で師匠が困惑しているが、私は気にせず意気込むのだった。

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