第16話 残念な美形
ギース兄様はその容姿もさることながら、博愛主義で女性にいやらしさを感じさせない清廉さが人気の一因でもあった。
昔から言い寄る女性は数あれど、それになびくことなど無かったのだ。
「……実は旦那様はガチホモで、昔から女性には全く興味がなかったんです」
そう言ったロバートはこの数分でどっと老けたように見えた。
なるほど、だから兄様は私が『神の御印』持ちだろうが、結婚対象として興味を示さなかったのね。
「家臣たちはミュリカと結婚して欲しいと思っているらしいが、悪いな、僕はもう運命の人に出会ってしまったから」
「……その相手が神条巧斗……私の師匠だと?」
「そうだ。ひと目見た瞬間に、僕の息子がビビビッと来た」
「それは素直な息子さんですこと……」
……ギース兄様って、こんな人だったかな。すごい美形なのに、ただのアホに見えてきた。
つい半眼でロバートを見る。
すると、彼は私の視線に慌ててフォローをした。
「言っておきますが旦那様はバラルダでは善政をしいていますし、民衆からの信頼も厚いですし、家臣もお慕いしている良い領主なのですよ。……ただ、神条教官に対してのみ、ものすごい恋愛脳なだけで」
「五年前、衛兵の育成に長けた教官がサラントにいると聞いて、頼んでバラルダに来てもらったんだが……まさか天使がやってくるとは思いもしなかったよ」
確かに、今の師匠はおっさんのくせにとても可愛い。そこに『女神の加護』の能力まで乗っかったせいで、兄様には天使に見えているようだ。
「それでも旦那様は、初めて会った当初は教官にここまで傾倒してはいなかったのですが……。いつの間にか、変態じみたべた惚れ状態になっていました」
「だって、巧斗さんは僕のために存在するような人なんだよ。料理は上手いし、笑顔は可愛いし、背中から腰のラインが美しいし、お尻の形は超理想的だし、良い匂いがするし、白い肌にかっちり着込んだ制服が素晴らしくそそるし……。おそらく、巧斗さんなら僕の子供産めるんじゃないかな」
「「産めるか!」」
思わず私とロバートでハモり突っ込みをしてしまった。
ああ、おとぎ話の白馬の王子様だったギースのイメージが、変態に塗り替えられていく……。
父上が念のためと師匠を別棟に隠したのは、この常識外れの兄様が現れるかもしれないと予見してのことだったのね……。ここに師匠がいたら恐ろしい
「まあ突っ込みはいいから、ミュリカ。早く巧斗さんがどこにいるのか教えてくれないか」
「ええと……」
できることなら、せっかく回避した混沌に首を突っ込みたくはない。このままギース兄様の鳩尾に一発食らわして、ロバートに連れ帰ってもらいたいところだけれど。
私はこそりと自分の腕輪を撫でた。
いろいろ弄ってみた結果、これは一度読み込んだ師匠に関するデータを記憶・同期できるらしい。それを呼び出すことで、結魂契約の精神エネルギー充足度を見ることができるのだ。
それを使ってギースの現在のエネルギー残量を確認する。
ガラス玉に表示された燃料は三割を切っていた。当然だが、初めてデータを見た時よりも若干減っている。……これを、ある程度補充させないといけない。
ジョゼにも結魂契約をしている二人が師匠と接触するのを阻むなと言われているし、やはり今後は兄様も私が厳しく教育しなければならないか……。
……これを矯正するのは、イオリスよりもかなり難儀そうだなあ。
「……とりあえず私が師匠のところまで案内するわ。ただし、その背中の座面は外して。一緒に歩く私が恥ずかしい」
「はは、僕と歩くのが照れるなんて、ミュリカは恥ずかしがり屋さんだなあ」
……どうしよう、殴りたい。
思わず拳を握ってロバートを見ると、真面目な顔で頷かれた。どうやら執事的にも一・二発殴っても構わないと思っているようだ。次に何かあったら一撃かましてやろう。
「ミュリカ、ギース殿を巧斗に会わせて大丈夫なのか?」
隣にいた父上が心配げに小声で訊ねてくる。その心配、私も大いにしているところ。
「大丈夫じゃないけど、会わせないわけにはいかないのよ。まあ、何かあったら力尽くでどうにかするわ。多分今は兄様より私の方が強いし」
「まあ、確かに正攻法でいく分にはお前の方が強いか……」
「正攻法でいく分には?」
父上の言葉が引っかかって、問い返す。ガチンコじゃなかったら私が負けるかもしれないってこと?
その真意を確認しようとしたけれど。
「早く行こう、ミュリカ! 膨らむ期待で僕の息子が待ちきれないんだけど!」
「いや、待てよ息子! っていうか、やめて! 兄様の息子さんの出番ないから!」
ギースに急かされて、私は仕方なく来賓室を出ることになってしまった。
この超絶美形、残念すぎる……。
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