第15話 バラルダからの来訪者
王都からサラントまでは馬車で足かけ二日掛かる。
新幹線だったらあっという間なのになあ。なんて。
ついつい、詮無いことを考えながら馬車に揺られていた私だったけれど、懐かしいサラントの街が見えてくると俄然テンションが上がった。
「うわあ、変わってない! いや、城門が新しくなってるかな? でも懐かしい! 街並みも、風景も!」
街の奥に見える大きな館が私の家だ。華美ではないがそれなりの重厚感はある。そこに続く大通りは商店や宿屋で賑わっていて、花や風船、サラントの紋章の入った旗があちこちに飾られていた。
「あれ? 父上、今って何かお祭りの時期だっけ?」
「ははは、これはお前が帰ったことへの祝い飾りだよ。衛兵が合図をすると花火が上がるから、お前は窓を開けてみんなに手を振ってやれ」
父上の指示で衛兵がラッパを吹き鳴らすと、花火が何発も上がって、途端にわあっと街が沸いた。建物の中にいた者まで外に出てきて、あっという間に沿道に人が溢れる。
私は慌てて笑顔を浮かべて、上品に手を振った。
「ミュリカ様、お帰りなさい!」
「我が街の守護神様がお戻りになった!」
「バンザーイ!」
とりあえずみんな歓迎してくれているようだ。『神の御印』持ちが効いているのだろうが、それでもありがたい。
この民衆の声を聞いた父上が感極まって、隣でまた泣いていた。
「うう……民も喜んでくれて……良かったなあミュリカ……」
「分かったから、鼻かんで。窓から見えるわよ」
少し呆れて笑いながら、沿道に手を振る。
そうしてゆっくりと大通りを馬車で進んで行くと、前方の屋敷の門の手前に、馬車が止まっているのが見えた。
馬車の横に、サラントのものではない紋章が入っている。
「父上、あそこにどこか他の紋章が入ってる貴族馬車がいる」
「んん? どれ……。あー、あれはバラルダの馬車だな」
「え、バラルダって、お隣の?」
バラルダはサラントの隣の領地だ。昔からサラントとは友好的な関係で、交流も深い。
ということは、今回もわざわざ私の帰還にあいさつに来てくれたのかもしれない。
こちらの馬車が近付くと、バラルダの馬車の内側から扉が開いて、中から五十代くらいの紳士が降りてきて頭を下げた。
あ、このロマンスグレー、私が知っている顔だ。
「ロバートさん!」
「ミュリカお嬢様、お久しぶりでございます」
窓からその名前を呼ぶと、彼はにこりと笑ってもう一度お辞儀をした。
ロバートはバラルダの領主の執事頭。幼い頃、私がバラルダに遊びに行くたびに、あれこれ世話を焼いてくれた人だ。
「是非ともミュリカお嬢様にお戻りのご挨拶をと思いまして、取り急ぎ私が旦那様の代行として参りました」
「それはわざわざかたじけない。ロバート殿、こんなとろこでは何です、館へどうぞ」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
父上が横から彼を屋敷に促す。するとロバートも再び馬車に乗り込んで、こちらに続いて門をくぐった。
それを確認しながら、なぜか父上が声を潜める。
「……ミュリカよ、巧斗が馬列の後ろから来るから、とりあえず別棟の衛兵屯所にいるように言ってくれ。くれぐれも来賓室の近くに来ないようにと」
「え……何で?」
「まあ、念のためだ。念のため」
何だ、念のためって。師匠を見られると何か困ることでもあるのか?
そう考えて、はたと先日のイオリスの言葉を思い出す。
帰ったらすぐ会うことになると言われた、師匠のもう一人のド変態だという結魂相手……。
え? ロバートさん??? ……まさかだよね。
契約輪は貴重だから、基本的に領主が着けるはずだし。あ、でもサラントにも二つ賜ってるし、一つしかないと決まってるわけじゃないか……。
しかし、あの人が変態紳士だったら、私的にかなりショックなんですけど……。
「じゃあミュリカ、俺はロバート殿を来賓室に案内する。巧斗に伝言したらお前も来てくれ。頼んだぞ」
「う、うん。わかった……」
とりあえず確認は後だ。
父上とロバートがエントランスに向かったのを見送って、私は師匠に伝言をしに向かった。
**********
「ミュリカお嬢様は大変美しく成長なさいましたね。お母様によく似ていらっしゃる。街もお嬢様の帰還に活気付いて、何よりです」
「お互い、最近明るい話題がなかったですからな。少し民心が上向くと良いのですが」
来賓室で話す父上とロバートを見ながら、私はひとまず胸をなで下ろしていた。
向かいに座る紳士の手首に、腕輪はない。師匠を近付けるなと言った父上の真意はわからないが、目の前のロマンスグレーが変態でないことだけは分かった。良かった。
私は安心して二人の会話に入った。
「ロバートさん、ギース兄様はお元気ですか? 昔はよく遊んでいただいたけど……。もうご結婚はされたのかしら。女性にとても人気がありましたものね」
ギース兄様はバラルダの嫡男だ。
見た目はもろに白馬の王子様という、金髪碧眼、整った顔、高身長の優男。おまけに頭も性格も良くて、『神の御印』持ちの私を手に入れようとすることもなく、純粋に妹のように可愛がってくれた。
当然女性からのモテっぷりは半端なく、街にはファンクラブもあったほどだ。
今は確か二十五歳のはず。きっとすごい色男になっているに違いない。
そう思って訊ねた私に、しかしロバートは複雑な表情を見せた。
「……ギース様は、まだ未婚でいらっしゃいます。実は六年前にお父様がご病気で他界されまして、若くして領地を継ぐことになりまして……。ちょっとそういう余裕が作れないといいましょうか、何というか」
「え、今のバラルダの領主はギース兄様なの!?」
「そうです。ただ、皆そろそろ旦那様には身を固めて欲しいと思っているのです。……ミュリカお嬢様のような方が奥方様になってくださると、我々臣下一同も安心できるのですが……」
「え!? 私?」
うわっ、思わぬところから白羽の矢が飛んできた。
もしかしてロバートが早々にあいさつにきた理由はこれか……!
「え、えっと、ギース兄様は何て??」
「……ああ、これは私共の希望の話でございます。その、今度改めて旦那様をお連れしますので、その時にお考えいただけないかと思いまして、先にお伝えした次第で……。ギース様は昔からミュリカお嬢様を可愛がっておられましたし、もしかするといけるのではないかと……」
「はあ……」
うーん? どうもこれはギース兄様の意向ではないっぽいな。
ロバートは何だか歯切れが悪いし、隣で話を聞いている父上は娘の結婚話になりそうなのに、何だか関わりたくなさそうな顔をして視線を逸らしている。
そうして三人の間に妙な沈黙が落ちた時。
不意に誰かが来賓室の扉を叩いた。
「失礼する」
即、ドアが開く。
中の誰も許可を出していないのに勝手に入ってきたのは、金髪碧眼長身の涼やかなザ・美青年だった。
「え、ギース兄様……!? 来ていらっしゃったの?」
「だっ、旦那様!? ど、どうしてここに……!?」
「ミュリカ! 久しぶりだな。十年ぶりか? 元気そうで何よりだ」
ロバートを無視して、ギースは私ににこりと微笑んだ。その優しげな笑みは、幼い頃から免疫がついている私でなければ女性なら即落ちだろうという威力。これで相手がいないとか、嘘でしょ?
「兄様もご健勝な様子で安心しましたわ」
それにしてもギースのこのサバサバ感、絶対私に妹以上の感情持ってないわ。ロバートには悪いけれど、兄様とどうにかなるなんて全く無さそう。雰囲気で分かるよね。
そう思って彼を見ると、ロバートは何だか青い顔をしていた。
「今日私がサラントに来ることは内密にしていたはず……。追随できないように馬車も全部隠して来たのに、一体どうやって……」
「ロバート、僕の情報網を侮るんじゃない。お前があの公用馬車でサラントに行くことを事前に知って、準備していたんだ」
ロバートを振り返って、ギースがドヤ顔をする。
すると、私に背中を向けた兄様の後ろに、妙なものがくっついているのを見つけてしまった。
……何だコレ。意味不明なんですけど。
「……ギース兄様、この背中に付いてるの、何? 板とクッションでできた、座面みたいな……」
「ああ、実はここに来るまで、見つからないように馬車の座席に擬態していたんだ。背中にロバートを乗せてここまで来るのは苦痛だったが、愛する人との逢瀬のためなら仕方がない」
「な、何と!? 旦那様が馬車の底と上にしがみついていないかは確認したのに、まさか座席になっているとは……不覚!」
「……座席に擬態? ……逢瀬?」
……これはどう脳内処理すればいいのだろう。
ヘルプを求めて父上を見ると、すでに明後日の方を向いている。
「あきらめろ、ロバート。お前が二人を引き離そうとしたところで、僕の恋の炎は燃えるばかりだよ。……ミュリカ、久しぶりに会って早々すまないが、巧斗きゅん……おっと失礼、これは脳内の呼び名だった。巧斗さんはどこかな? せっかくだからこっそり行って椅子に擬態して、僕の背中に座らせたい。彼の重みは天使だからリンゴ三個分しかないと思うんだよね」
きらりと歯を光らせて素晴らしく良い笑顔をしたギースの、金髪を掻き上げた左手首に白い腕輪があった。
あ、ヤバい奴だわ、コレ。
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