第14話 真面目な殿下
「……師匠から、結魂の契約輪は殿下に嫌がらせで着けられたものだと聞きました。それでお間違いありませんか?」
「っ、何だ、藪から棒に……。そ、そうだ。それがどうした」
殿下の部屋でテーブルにつくと、私は即座に本題に入った。
目の前のイオリスは昨日の居丈高な態度から一転して、少しキョドっている。私に負い目があるからだ。
「ふーん。国でも稀少なオリハルコン製の腕輪に、わざわざ結魂契約のビルドをしてあったんですよね? それを嫌がらせのために、わざわざ師匠を酔わせて着けたと?」
「……な、何が言いたい」
「それはこっちの科白ですよ。何がしたいんですか、殿下は。おかげで師匠はすっかりあんたに嫌われてると思い込んでるんですけど」
あっ、ついあんた呼ばわりしてしまった。
しかし王子は私の言葉に驚いて、そんなことには気付いていないみたいだ。
「……俺が、巧斗を嫌っている???」
自分の言動が誤解を与えている自覚がないのか、心底意味が分からないという顔をしている。
「嫌がらせしたらそう思われるでしょ。それでなくても、殿下は過去にずいぶん師匠を罵ってたみたいだし」
「い、いや、それは以前の話で……最近は言ってない」
「でも今も衛兵と話をしてると、俺を通せと怒られるって言ってましたよ。殿下に信用されてないんだって」
「うぐ……、そういう意味じゃ……。その、巧斗が王宮に来た時は、時間を作って会ってやったりしてるし……」
「それも、師匠が王宮にいる間、殿下が師匠のことを信用できないから見張ってるんだと本人は思ってますよ」
「なん……だと……」
ようやく自分の行動の悪手っぷりに気付いたらしいイオリスが、愕然とする。ここで現状をしっかり認識し、反省ができねば改善はありえない。
私はそこで手を緩めずに切り込んだ。
「正直に申し上げます、殿下。今のままのあんたでは師匠の相手としてふさわしくありません。即刻腕輪を外していただくか、その態度を改めていただきます」
「なっ……何を勝手なことを」
「はあ? 昨日私が師匠との接点を作ってやらなかったら二人で行動不能になってたとこですよ? 殿下が一人でそうなる分には勝手ですが、私には師匠を守る使命がある。師匠に害為す人間はボッコボコにして排除します」
ギロリと睨むと、向かいの王子は少し怯んだようだった。それでもさすがにプライドが許さないのか、視線は逸らさず、正面から見つめ返してくる。
「……態度を改めるとは、具体的にどうすればいいのだ」
とりあえず腕輪を外すという選択はないようだ。
向こうの世界に師匠を帰す際には外さなくてはいけないが、それまでの五年は着けていた方がステータス的に有利。継続条件が問題ではあるものの、このイオリスの選択は今は素直に受け止めよう。
「まずはその分かりづらい……というか、子供みたいな真逆の愛情表現を改善して下さい」
「あ、愛じょ……!? 違……っ、俺のはそういう、軟弱な想いでは」
「……ええー? そこからつまづくの?」
愛情、と聞いた途端に顔を赤くして焦る王子に、こめかみを押さえる。そこを素直に肯定できなければ、態度の改善はありえない。
「そもそも、殿下は師匠とどうなりたくて契約輪を着けたのよ」
「……その、当時は正直あまり考えてなかった。ただ、あいつが他の者に腕輪を着けられてるのが面白くなかったというか……」
「だから自分もと思ったのに拒否られて、腹が立って酔い潰して無理矢理着けたと」
「……そうだ」
「だったら、どうして隷属契約じゃなくて結魂契約にしたの? 所属契約は父上がしてたから仕方ないとして、そっちの方が後々楽だったでしょ?」
「……隷属契約だと巧斗に嫌われる」
「別に、師匠は紫の腕輪が隷属契約だって知ってるわけじゃないから、着けておくだけなら同じだと思うけど……」
「全然違うし、継続は少しも楽じゃない。ジョゼに説明を聞いてないのか」
あれ、そういえば。あいつ、私に隷属契約に関しての代償は何も説明しなかった。
「結魂契約は主の精神的な充足が必要だが、同じように隷属契約にも条件がある。主が従を奴隷扱いした時の、従の恐怖心や屈辱感をエネルギーにしているんだ。つまり、定期的に巧斗を奴隷として虐めないといけなくなる」
「なっ……何ですって!? あのクソ魔道士……!」
あの男、私に言うと怒り出すことが分かってて黙ってたな!
てことは、あの腕輪の値が百%だったのは、ジョゼの野郎が目一杯師匠のことを虐めてたということか……!
「巧斗はジョゼに自分からは絶対に近付かない。俺はあんな状態になりたいわけじゃないんだ」
「……まあ、そうよね。とりあえず殿下がその辺は普通の感覚で良かったわ」
「俺はその……もっとこう、巧斗から寄ってきてもらえるようになりたいというか」
「はあ。自分から距離を縮めていこうとしないあたりが、ヘタレよね」
「……仕方ないだろう、俺にはこういうことは……どうしていいか分からんのだ」
反論をしてこないのは、本人にも駆け引きが不得手な自覚があって、どうにかしたいと思っているからだ。何とかお茶には誘えても、その先には進み方が分からないから困っている。
確かに師匠が評するように、この男は根が真面目なんだろうな。
「ま、元々師匠は殿下を教え子として構ってあげたいと思っているから、殿下が態度を変えればそれほど難しい話じゃないと思うのよね」
「そ、そうなのか? だったら、俺はどうしたら……」
「素直になればいいんですよ。師匠は他人からの好意に本当に鈍感だから、気持ちを察して欲しいとか無理ですからね。ツンデレなんて相性最悪ですよ。嫌いだ、近寄るななんて言ったら本当にそのまま受け取られるから」
「……待て、もうすでにそれらしいことはかなり言ってしまったんだが……」
「知ってます。だから殿下はマイナススタートだと覚悟して下さい。師匠の好みなどは心得てますから、多少の好感度上げの相談には乗りますが、根本が変わらないと意味がないので」
「素直に……か。難しいな……だが、その、努力はする」
「良い心掛けです」
わがままなだけではない。師匠が言ったように、この男は真面目な努力家だ。昔は本当に嫌いだったけれど、こうしてきちんと話をしてみれば悪い男ではない。思ったよりヘタレだったが。
「とりあえず、師匠と結魂契約をしているからには、師匠にふさわしい男になっていただかないと私が許しません。異世界の知り合いのおかげでBLには寛容ですが、師匠の意に沿わない不埒な真似をしたらぶっ殺しますので、ゆめゆめお忘れなきよう」
「び、BL……? よく分からんが、分かった……」
まあ、ジョゼも言っていたが、イオリスは無理矢理に不埒な真似をするようなタイプではない。こうして一言注意をしておけば問題ないだろう。
「では、今回の話はここまでということで。昨日の接触で精神的な補充はできたでしょうし、しばらくは大丈夫でしょう? 今日これで私たちはサラントに戻ります」
「そうか。……今回はその……お前のおかげで助かった」
おや、殊勝な言葉。王子からそんな科白が出るとは驚きだ。
「俺は、他人に相談をしたり、弱みを見せたりということがとても苦手なんだが……、お前には悩みを看破されて観念した。これからも、そうだな、兄弟子として助言をして欲しい。よろしく頼む」
「お任せ下さい、殿下」
格下の、それも年下の女にその言葉を言えるのか。
表面を高慢ちきな固い鎧で覆っていただけで、中身は思いの外柔軟だ。優しいアイネル王とは似ても似つかないと思っていたけれど、本質は似ているのかもしれない。
とにかく、私の中でのイオリスの評価は今までと逆転した。
この殿下なら、力を貸してやってもいいかもしれない。
「……ところで、ミュリカ。……巧斗のもう一人の結魂契約の相手を知っているか?」
私の呼称が、小娘からミュリカになった。彼が私を認めたからだ。
「いえ。どうせそのうち直接会う羽目になると思っているので、わざわざ確認はしてません」
「……そうか。まあ、会えば分かるが……あれはヤバい奴だ」
「ヤバい奴? ……そういえば、ジョゼもそんなことを言ってたような」
ヤバい奴の定義がよく分からずに首を捻る。
そんな私の向かいで、イオリスがその男の顔を脳裏に浮かべたのか、忌々しげに顔を顰め一つ息を吐き、それから声のトーンを落とした。
「おそらく帰ったらすぐに会うことになるだろう。……巧斗を守るお前に言うまでもないとは思うが、あいつにはくれぐれも気をつけてくれ。……あいつは……ド変態だ」
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