第13話 イオリスについて

 翌朝、朝食を終えた私はイオリスの使いを待ちつつ、師匠と話をしていた。

 とりあえずは、直後に会う王子のことについてだ。


 ジョゼにこちらの世界に呼び寄せられてから、師匠はずっとサラントに身を寄せていた。イオリスと会うことになったのは、父上に連れられてアイネル王に謁見に赴いた時らしい。


「師匠が初めて会った時、殿下ってどうだった? 私の昔の記憶だと、他人を全部下に見て、とにかく力を得ることに執着していて最悪な感じだったんだけど」

「んー、まあ、端から見ると俺が会った時もそうだったかな。でも俺はあんまり殿下に対して悪い印象ないんだよなあ。昔の俺に似てたからかも」

「殿下が師匠に似てる?」


「他の人間をあてにせずに、何もかも自分で守る力を付けようとしてるとこ。他人を頼るのは弱いもののすることだと思ってたんだよな。……今更自己分析すると、これって結局愛情不足なんだけど」

「殿下が愛情不足……。確かにお母様は殿下が赤子の頃に亡くなったとは聞いてるけど、でも陛下も子育てには熱心だったらしいよ?」

「それは否定しないが、熱心になるあまり、かなり幼い頃から帝王学を学ばせたり、剣術を習わせたりしていたようだ。だから愛情よりも国の後継ぎとしての重責の方が、殿下に乗ってしまったんだろうな。きっと殿下は根が真面目で責任感が強いんだと思うよ」


 イオリスをそう評して微笑んだ師匠は、後光が差しそうなほど慈愛に満ちている。

『女神の加護』の影響が少ない女の私ですら癒やされるのだから、そりゃあ殿下や衛兵たちには聖母様に見えるのだろうな。


「ちょっと我は強いが、殿下は厳しい修練もきっちりこなすし、毎日の勉強も怠らない。人の上に立ち、国を治めるためには、誰よりも強く、優れていないといけないと思っているんだ」

「……そうか、だから昔からあんなに力に執着していたのね。私はずっとわがままで嫌な奴だとしか思ってなかった。……師匠はよく見てるね」


 師匠は指導者だったせいか、こうやって教え子の本質や適性を見て育ててくれる。だから彼に師事した者は才能を伸ばし、師匠に絶大な信頼を置く。

 サラントでその育成者としての実力を発揮していたのなら、アイネル王がイオリスを師匠に預けようと思ったのも納得だ。


「でも力に固執しすぎるのは、逆に言えば、自分には力しか誇るものがないと思っているからだ。きちんと愛情を受けた実感がないから、自己肯定感が育っていないんだな」

「殿下はあんなに自信満々な感じなのに、本当は自信がないってこと?」

「ないわけじゃない。ただ、彼の自信は力のみに支えられているってことだ。だから、人に弱みを見せてはいけない、誰にも負けてはいけないというプレッシャーに常時晒されている」

「あー、なるほど」


 師匠の言葉で殿下のもろもろが腑に落ちる。あの高慢さは、常に自分がマウントを取らなければという意識から来ているのか。


「あれじゃあそのうち精神的に参っちゃうと思うから、できれば俺が教え子として愛情を持って自己肯定感を育ててやりたかったんだけど」

「……だけど、拒否られた?」

「そう。子供扱いするなとか、触るのは無礼だとか、何を企んでるとか、王族に取り入るつもりだろうとか、すごく嫌がられた」

「……へえ……」


 王子の現状は全くの自業自得だな。みすみす師匠に可愛がってもらえる立場を放棄するとは。


「それ以来、俺は殿下にはずいぶん嫌われててさ」

「……は? 何ですと? 師匠が嫌われてる? ……殿下に? 殿下に??」

「王都の衛兵と修練以外で話をしてると、すごく怒られるんだ。部下に話があるなら俺を通せって。まだ俺が何か企んでると思ってるんだろうなあ。最近は王宮にいるとすぐに殿下に捕まって、ずっと見張られてるし」

「あー……」


 それは多分、あのヘタレ王子なりの独占欲です。

 でもまあ、犬と遊んでいるのを目的もなく四時間遠くから見られているのは、確かに中庭に隔離されて見張られてると思うかもなあ。


 他人からの好意に鈍感な師匠にそんな態度を取っているなんて、悪手にもほどがあるわ。


「でも、嫌われてるってほどじゃないんじゃない? だったらそのステータスが上がる腕輪を師匠に着けないだろうし」


 一応のフォローを入れてみるが、向かいに座る師匠は首を振った。


「以前何かの宴席の時、殿下に『この腕輪を着けると強くなれるんだ。欲しいだろう?』って聞かれてな。俺その時にはもう他にも腕輪着けられてたし、こういうの邪魔くさくて好きじゃないからこれ以上いらないって言ったんだよ。そしたらその晩に酔い潰されて、翌朝起きたらこれを着けられてた」

「……へええ~……それで、殿下は何て?」

「俺が断ったのが身の程知らずで生意気だから、嫌がらせに着けたって」

「はあ……嫌がらせでこの国に何本もない稀少な腕輪をねえ……」


 駄目だこりゃ。

 ツンデレとヘタレと悪手で手の施しようがない。

 これ以上私が間を取り持ってやるのも馬鹿馬鹿しいし、そもそも根本的にイオリスを叩き直すべきだろう。


「大体今の状況は分かったわ。使いが来たらちょっと殿下と差しで話をしてくる」

「え、大丈夫か? またケンカしない?」

「今日はケンカにならないわ、多分」


 それよりもきっと恋愛相談になる。好きな子に素直になれない小学生男子レベルの。

 ただ、実際は地位とプライドが高い成人男子である分、その態度の矯正には骨が折れそうだ。


「戻ってきたらすぐにサラントへ立つから、師匠は父上と出立の準備をしていて」

「分かった。……あんまり殿下にキツいこと言うなよ。ああ見えてメンタルはそれほど強くないんだ」

「……まあ、善処します」


 嫌われていると思い込んでいても、自分の教え子には変わりないのだろう。師匠の気遣いが優しい。

 あのヘタレ王子を、せめてこの気遣いに素直に感謝ができるくらいに教育しなくては。


 そう心密かに決心した時、イオリスの使いの者が部屋の扉をノックした。

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