第12話 燃料チャージ
「私、殿下に折り入ってお話したいことがあるのですけど」
「……お前が、俺に? 興味ないな。そんなものは時間の無駄だ」
部屋の中に入ってテーブルに座り話を切り出すが、相変わらず王子は私に対してぶん殴りたいくらい高慢だ。私だってあんたになんか興味ないわ!
「……ふふ、師匠を連れて行っておきながら、何もできずに過ごす虚しい四時間の方がよほど無駄だと思いますわ」
作り笑いを浮かべながら昼間のことを揶揄すると、王子の眉間に深いしわが寄った。
「小娘、『神の御印』持ちだからって、いい気になるなよ」
「殿下こそ、師匠の教え子なら私の方が兄弟子ですから。少しは敬意を払って欲しいものですわ」
「ちょ、ちょっと美由!? どうしたんだ?」
ぴりぴりと険悪なムードになってきて、間に挟まれていた師匠が慌てる。少し考えていたのと違う展開になったが、まあいい。
私の方をなだめようとする師匠を誘導する。
「私はいつも通り。どうもしてないわ。いらいらしているのは殿下の方でしょう。殿下のことをなだめてあげて下さい」
「え、殿下を?」
「ふざけるな、俺はそんなことで……」
師匠が王子に視線を向けたところで、私に反論しようとしたイオリスに、口元に人差し指を当てて黙れとジェスチャーで指示をする。
全く、いちいち口答えせずに、おとなしくなだめられろ。
「師匠、昔よく私が稽古が上手くいかなくて癇癪起こしてる時、頭をポンポンってしてくれたでしょ。あれ、やってみてあげたら?」
そこまで言うと、二人の接点を作ろうとするこちらの意図を理解したらしいイオリスが口を閉ざした。
目の前でおろおろする師匠を見下ろす王子は、それだけで眉間のしわがもう取れてしまっている。早いな。もうちょっと表情が緩むのをこらえろよ。
しかしそれ以前の話で、ここは私の思惑通りの展開にはならなかった。
「頭ポンポン……。でも、殿下はそうされるの嫌でしたよね? 以前やったら、子供扱いするなと怒ってましたし……」
「い、いや、だから、それはずいぶん前の話で……」
困惑気味の師匠に上目遣いで見上げられて、王子も狼狽える。
なるほど、昼間の話も鑑みるに、イオリスはここに来た当初の師匠にかなりキツく当たっていたのだろう。
性格こそ真逆になっているけれど、昔の師匠も無愛想なりに教え子の面倒見が良く、頭を撫でて褒めてくれたり、背中を撫でて落ち着かせてくれたり、かいがいしくケアをしてくれる人だった。王子は出会って早々にそれを全部拒絶してしまっていたということか。
どうりで自分の教え子相手だというのに、師匠がイオリスとやたらに距離を取っているわけだ。
私は大きくため息を吐いた。
この王子、師匠のためにも私が教育しないと駄目だ。年下の私から見ても精神的に未熟。特に立場上幼い頃から好き勝手にしてきたせいで、コミュ力が圧倒的に不足している。
「ちょっとごめん、師匠」
これは埒が明かないと判断した私は、今回限りの特別措置として師匠の背中をドンと押した。
「うわっ、美由!?」
私に対して何の警戒もしていなかった師匠は、そのまま目の前のイオリスに抱きつく羽目になる。
「怒った殿下が暴れないようにそのまま押さえてて」
「え? え? ぜ、全然暴れる感じじゃないけど……?」
うん。暴れるわけない。
だって師匠に抱きつかれて、王子は耳を赤くして固まってしまった。体格の良いイオリスより頭一つ分身長の低い師匠には、見えていないだろうけれど。
「いいから、そのまま」
「……い、いいのか、これ?」
「大丈夫、効いてる効いてる」
私の腕輪には今、殿下の契約輪の燃料メモリが表示されている。さっきまで赤く点滅していた表示はすでに白く戻って、ガソリンの給油並にすごい勢いでメーターが上がっている。
師匠が元々持つ『女神の加護』の癒やし効果に加えて、腕輪の従から主への接触によるヒーリングがダブルで効いているのだ。その上、間近に師匠がいると甘くて良い匂いがするし、そりゃメーターも上がるわ。
「……はい、師匠。もういいわ。殿下も落ち着いたみたいだから」
「いや、変化が分からないんだけど……」
「いいのよ。ここから更なる変化をされても困るし」
値が六割を回復したあたりで師匠を引きはがす。
今までカツカツでやってきたことを考えれば、十分な燃料のはずだ。
「殿下、一時とはいえ不躾にお体に触れてしまい、申し訳ありませんでした……」
「べ、別に、気にしていない」
師匠が神妙に頭を下げているけれど、正直感謝されても良いほどだ。気にしていないなどと嘯いてる場合か、このヘタレ王子。
「謝る必要ないわ、師匠。……さて、目的は果たしたからもう戻りましょ」
「えええ? あの、美由の目的がよく分からないんだけど……。殿下にケンカ売りに来ただけ?」
「うーん、まあ、そうね」
言いつつちらりとイオリスを見ると、今回私の来た目的に気付いている彼は、少しバツが悪そうに視線を揺らす。とりあえずこちらの意図を汲めないようなおバカでないのは救いか。
「続きは明日にするわ。……イオリス殿下、私の出立前に少しお話をしたいのですが……、もちろん、お時間作って下さいますよね?」
王子にはもう分かっているはずだ。彼と師匠の結魂契約がギリギリの状態だと、私が気付いているということ。
プライドが高く、自分から誰かに内情を話して相談できるようなタイプではないからこそ、彼は契約の危機に気付いている私の存在を無視できないだろう。ここで断るようなら、よほどの暗愚だ。
「……午前に一時間ほど時間を作る。使いをやるから部屋で待っていろ」
「かしこまりました」
思った通り、嫌そうな顔をしてはいるが、イオリスは迷うことなく決断をした。
昔に比べたら、ずいぶんと話が分かる相手になったものだ。アイネル王も良い師に出会って落ち着いたと言っていたし、これも師匠のおかげだろうか。
そもそも今回のことだって、以前の王子なら結魂契約ではなく、楽で支配力も強い隷属契約を使っていたはず。
相変わらす高慢で口の悪い男だけれど、師匠との邂逅は彼の心境を大きく変えたに違いなかった。
『女神の加護』復活はアイネル王国にとっては僥倖。
それが王子に影響するのは何ら不思議ではない。
立場的にも無視をできない相手だし、今後のためにも、イオリスの情報は少し仕入れておくべきか。
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