第11話 心のメーター

 師匠がイオリス王子のところから帰ってきたのは、私が来賓室に戻ってさらに二時間ほど経ったころだった。


 外も暗くなってしまい、父上は今日のうちにサラントへ立つ予定だったのに、結局王宮に一泊する羽目になってしまった。殿下の強い勧めによることらしい。全く、わがままな男だな。


 とりあえず私は用意してもらった部屋で、師匠に契約輪を渡しておくことにした。


「師匠に、この腕輪を着けてもらいたいんだけど」

「腕輪……。何か、今までのやつは着けるとステータスが上がるとしか説明されてないんだけど、これもなのか?」


 ずいぶんざっくりとした説明しかされてないなあ。この大雑把さ、おそらく父上だ。詳しく話そうとすると、結魂契約や隷属契約の説明までしなくてはならなくなるからだろう。


「私のは今は何の効果もないみたい」

「今は?」

「よく分からないの。使い方次第で何にでもなると言ってたけど」

「へえ。とりあえず着ければいいんだな」


 味方に対して警戒心が薄いと言われた師匠は、私相手にもやはり何の猜疑心も抱かない。

 二人でオリハルコンの腕輪を手首に通すと、魔法術式が発動して物質の密度を詰め、自力では外せない固い性質へと変化した。

 私の腕輪は色がなく、ガラス玉と同じ透明なものとなる。


「確かに、何も変わりないみたいだな」


 自分に何の変化もないことを確認して、師匠が腕輪を指で弄った。

 すると、私の腕輪の方にだけ変化があった。


「これは……」


 ガラス玉に、黄色い燃料メーターみたいな表示が出ている。今は八割満たされている状態だ。

 ジョゼが、本来見えないものが見えるようになると言っていたけれど、もしかしてこれのことか? だとしたら、これは何のゲージだろう。


「美由? どうかしたか?」


 私が黙り込んだことに首を傾げてこちらを見た師匠の、指先がずれて隣の青い腕輪に触れる。とたんにガラス玉の中のメーターが青に変わり、九割を示した。

 これは色と腕輪の契約内容からして、所属に対する忠誠度?


「……師匠、ちょっと、紫の腕輪を触ってみてくれる?」

「? ああ」


 師匠が不思議そうに隷属契約輪を撫でると、今度は紫の表示。値は十割を示している。……待って、百%フルで下僕状態って何事だ。あのドS眼鏡、師匠に何をしてくれたんだ。

 一度あの男をとことん問い詰めねば。


「とりあえず、白い腕輪も……」


 こうなると、このガラス玉に現れるのは白い表示で、その値は結魂契約相手の精神的燃料の残高だろう。師匠が男といちゃこらして上がるメーターかと思うとあまり見たくないが、とりあえず今後のためにも現実を直視しよう。


「白いのもか。ええと、一つ目がこれ」


 師匠が白い契約輪の一つを撫でると、やはり白い表示が出た。値は三割くらい。ちょっと少ないかな。

 こっちは今日補充したイオリス王子じゃない方だろう。どうせそのうち絶対会うから、今は放っておくことにする。


「もう一つが殿下の?」

「あれ、これが殿下にもらったものだって美由も知ってるのか? そうなんだけど、この腕輪って重いんだよな」

「重い? ……って、うわ!」


 師匠がイオリスの腕輪を撫でて出た表示に、私は思わず目を瞠った。

 メーターの色が赤く、せわしなく点滅している。そしてその値は一割を切っている。

 え? 今日補充しにいらしてましたよね!? 何時間も師匠を拘束してましたよね!?

 なのに精神的な充足がエンプティ間近なんですけど!?!?


「あの……師匠、今日殿下と中庭に行って何を……?」

「え? タロウとハナコとめちゃくちゃ遊んできた」

「……殿下は?」

「いつも遠くから見てるだけだな」

「見てるだけって、初恋したての乙女か! 何のために師匠を連れてったんだあの男は!」


 私はテーブルを叩いて椅子から立ち上がった。

 とにかく、一度イオリス王子に心の燃料を補充しないと、師匠まで行動不能のペナルティを食ってしまう。


 時刻はまだ八時を回ったところ。女一人で王子の部屋を訪れるには不躾な時間だが、師匠がいればまだ平気だ。


「師匠、殿下のところに行きますよ!」

「え? 今から?」

「今からです!」


 幸い、私も師匠も所属がはっきりしているから、怪しまれることはない。師匠がいれば衛兵にわがままが通るし、どうせ私がアイネル王に事情を話せば許可なんて一発だ。


 私たちは部屋を出ると、まっすぐ王宮の奥に向かった。


**********


「こんばんは、殿下」

「……何の用だ、小娘」


 自室の扉を開けて私を見たイオリスは、開口一番鬱陶しそうに眉を潜めた。機嫌も悪いのだろうが、何より腕輪のエネルギー不足で身体に悪影響が出ているに違いない。

 まあ、王子のプライドで外ではそんなそぶりを見せなかったのだけは、さすがと言っておこうか。


「こんな時間に申し訳ありません、殿下」

「……巧斗も来ていたのか。何か用があるなら、入れ」


 後ろから師匠があいさつをすると、イオリスの態度が見るからに軟化する。

 とりあえず私のことはどうでもいいのだろう。ただ師匠との接点を持ち、どうにか燃料チャージがしたいのだ。明日このまま師匠がサラントに帰ってしまったら、確実に燃料切れを起こす。


 ……気は乗らないが、今回だけは早急にチャージのための接点を私が作ってやろう。

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